私の同僚がチョコを強奪する事件なんて起きてほしくなかった!

「ちょっと松田……っ!それ皆に返してよ!!」
「ぜってーヤダ」
私、警視庁機動隊爆発物処理班に所属するれっきとした警察官!
そんな私は今、警視庁の中を犯人ではなく同僚の松田陣平を追いかけるために走り回っていました!!

──本当、一体なにがどうしてこうなったんだろ……。

✽✽✽

「はい、松田」
「あ?んだよ、これ」
今朝、出庁してきた私は同じシフトで先に来ていた松田にラッピングされた箱を差し出した。そんな彼はそれを怪訝な目で見つめ、そう問うてくる。
「んだよって……。ほら今日は一応バレンタインデーでしょ?だからこれ、チョコ。そこそこに有名なメーカーさんのだし、試食で美味しかったから味の保証はされてるものだけど……」
あー、そういえば彼がチョコとか甘いものを食べている印象ってないなぁ。よく吸っているタバコって苦いものだし、コーヒーもブラックが多いし。
「ごめん、もしかして苦手だった?」
何を買うべきか迷っていたせいで最重要項目である甘いもの苦手かもって可能性を考慮してなかったわ……馬鹿なのか私……買う前に普通気づくでしょ……まぁ気が付かなかったのだけど……。
でもそれなら他に何も用意していないし昼休みに近くのデパートへ駆け込むしかないかなぁ。当日だし無くなってないといいのだけれど。
「え」
そんな私の思考などお構いなしに松田はその箱を手に取ると、包装紙を剥がし、中を開けた。
「あの、松田さん……甘いの、嫌いじゃないの?」
「誰もんなこと言ってねぇだろ。あんがとな」
そう言いながらチョコを一つ掴んでヒョイッと口の中へ入れる。
「ん、うめぇ」
「それならよかった」
そうして満面の笑みを浮かべるのだった。
……いや本当良かった〜!苦手とかだったらどうしようかと思ったよ!!
「おっじんぺーちゃん!なんだなんだ、チョコ貰ったの?」
「まぁな」
「あ、萩原……って」
やっほ〜と言いながらこちらへ来たのは同じく同僚の萩原だ。いつもと違って両手には大量のチョコが入った紙袋がたくさんある。
──どう考えても、来る途中に貰ったものだろう。
「うっわぁ……」
「ちょっ、そんなにドン引かなくてもよくない!?」
「……女の敵だよね、萩原って」
「んでもって冷たい視線もやめて!?」
しゅんっと眉を下げられても困るというか、思ったことを口にしてしまっただけというか……。そもそもその紙袋を見たら大半の女性は冷ややかな態度になるか、大爆笑するかの二択じゃない?えっそうでもない?少なくともお姉さんである千速さんは大爆笑すると思う。……まぁその彼女も大量に貰っていそうではあるけども!彼女の場合は『女の敵』ではなく『男の敵』だね、うん。
「食べ切れるの?それ」
「ま、市販のやつは日付持つしなんとかなるっしょ」
「お前、手作りは食わねぇもんな」
「それが妥当だと思う……」
女としてはどうかなとは思うけど、松田の言葉にうんうんと頷く。

というのも以前、バレンタインに手作りチョコを貰った萩原はそれを食べようとして……固まった。それを見ていた私と松田も見事にフリーズ。
「ねぇ、萩原……それ、何だと思う?」
恐る恐る私が指差した先には萩原が半分に割ったフォンダンショコラの中から出てきたチョコ……ではなく黒くて細くて長いナニカ。
「ハハ、何だろうね、ちょっと考えたくないよな」
「アハハ、だよねぇ〜!まさか自分の髪の毛を料理に入れるとかそんな藁人形みたいなことしないよね〜!」
「だよな!人様に自分の髪の毛食わすやつなんていねぇよな〜!」
アハハ〜と三人で一分くらい笑ってた。あれほど乾いた笑いは生まれて初めて発したし、彼らのそんな笑いもあれ以前にもあれ以降にも聞いたことがない。
「よしっ!」
そしてすぐに私達はビニール袋と使い捨て手袋をどこからか持ってきてそれらを素早く始末した。
怖かった。あんなのホラー以外の何物でもなかった、マジで。夢にでも出てくるかと思ったくらいにはおぞましいものを見た気がした。チョコもだけど、何よりそこに込められた怨念にも近い感情に……。

あれ以降萩原は手作りを断っている。うん、至極当然だと思う。それでも渡してくる人がいるけれど、それは申し訳ないが廃棄処分。食べ物は粗末にしてはいけないけれど、自分の健康には変えられまい。
「それにしても、じんぺーちゃんは今年も他の子からは貰ってないんだな?」
「え?」
確かに彼の周囲からにチョコはなさそうだ。私のあげたやつ以外影も形もない。
でも、よくよく考えたらこの男も萩原と同じくらいモテるのにチョコを貰っていないのはいくら何でもおかしくない?
「あー、今年も断ったよ」
「なんで!?やっぱり甘いの駄目だったんじゃ……」
「そうじゃねぇよ!」
え、え、なんで即答!?しかもそれが原因じゃないのなら受け取ったっていいのでは!?
「ま、君のは例外ってことよ」
「ふ、ふ〜ん……?」
同僚だから面倒事にならないとか、そういうことかな?
まぁ見境なく受け取ってトラブルになるのは極力避けたいよね。萩原はコミュニケーション能力が高い分あしらうのも上手だから出来る芸当なのかもしれない。
……って、すっかり忘れてた!
「はい、萩原。ハッピーバレンタイン〜」
流石に松田にだけっていうのもおかしいよね!うんうん分かってます、分かってます。ちゃ〜んと萩原の分もあります!
ってな訳で萩原に松田にあげたものと同じものを差し出したのだけれど……。

パシッ

「ちょっ!?」
それを取ったのは何を隠そう、松田陣平だった。
「おいおいじんぺーちゃん、気持ちは分かるけど流石にそれは……」
「……お前、他には誰にやったんだよ」
萩原の制止を聞かず、どこかドス黒い声でそう聞かれる。
「え、えーと……とりあえず来たときにいた機動隊の人たちにはお菓子を配ったでしょ?んでもってちゃんとしたチョコに関しては来る途中に会った由美ちゃんに美和子ちゃん、高木くんに伊達くんかな……ってちょっと松田どこ行くの!?」
私が名前を言い終わる前に松田が勢い良く部屋を飛び出していったんだけど!?
「な、なんか分からないけれどとりあえず松田待って!帰ってきて!!カムバーーック!!!」
今からのシフト、君が抜けると戦力が欠けるんだからあああああ!!!
せめて、せめて萩原のシフトが終わるまでには連れ戻さないとヤバイ!!!
「萩原!他の人には適当に言っておいて!」
そう言い残して私も松田の後を追った──。

✽✽✽

ど、どこ行った松田陣平……。
彼の足は思ったより速くていつの間にか見失っていた私はゼェゼェと息を吐きながら立ち止まっていると。
「あれ、どうしたんですか?」
「高木くん!伊達くんも!」
前からワタルブラザーズがやってきた。二人揃ってコーヒーを持っているところから察するに、自販機に行ってきた帰りだろうか。
「なんだ?もしかして松田か?」
「そう!それ!!」
すごい!流石刑事さん!!
すると「あー」と何故か二人共苦笑いを浮かべた。何故?
「それが松田さん、さっき捜査一課に来まして」
「捜査一課に?」
「んでもって俺らと佐藤のところからお前さんに貰ったチョコをとっていってな」
「ふむふむ、チョコをとっていっ…………は?チョコ?」
待って?なんで?WHY?
「そういえばさっき交通課の宮本さんもとられたって」
「由美ちゃんも!?」
ってことは私のあげたやつほぼほぼとっていったってことじゃない!!
「あんのバカああああ!!!」
絶対とっ捕まえてやるんだから!!!
「ありがと二人とも!あとで絶対渡しに行くから!!」
「お、おい!無理すんじゃねぇぞ!?」
「分かってます!!」
そうと分かればさっさと松田を見つけるのみよ!

「大丈夫ですかね……?」
「さてな。まぁこれをキッカケにちったぁ松田も気持ち伝えられるといいんだがな」
「ですね……ハァ。なんか痴話喧嘩に巻き込まれただけのような気がします」
「ハハッ全くだ」

✽✽✽

「ハァハァ……見つけた!!」
そして冒頭に戻る。
やっと見つけた松田は屋上で佇みながら幾つものチョコの箱を手で弄んでいた。
「ちょっと松田……っ!それ皆に返してよ!!」
「ぜってーヤダ」
本当に、心底嫌そうに……というよりは拗ねているような顔で私を見てくる。
「なんでさ……ちゃんと松田にもあげたでしょ?それとも何よ。そんなにチョコが好きだったの?」
「ちげーよ」
「じゃあなんなの?言っとくけど私は頭が良くないから他人の心を察することも読むことも出来ないの。不満ならちゃんと口にしてくれなきゃ分かんないんだけど」
まぁ多少は察し能力はあってほしいけれど……。でも私が考えてることが全て相手の考えと一緒だなんてことは無いわけだし、重要な事・大事な人ほどちゃんと意思疎通はさせたいよねっていうだけなんだけどさ。
「……チョコ」
「ん?」
「チョコ、俺だけじゃねぇのかよ」
「…………へ」
いやまぁそりゃ義理チョコですし。普段お世話になってる人や仲いい人に渡してるだけといいますか……ほら、日頃の御礼みたいな?そんなつもりだったんだけど〜……って間違っても口にしたら殺されそうだよね、これ。
「嬉しかったんだぜ」
「……え」
「俺だけかもって嬉しかったんだぜ?前より豪華だし、やっと気持ち通じたかと思ったんだけどよ」
「え、え、え?」
気持ちとは一体なんの話……?いやこの話の流れだと……いやいやそれは流石に自意識過剰ってやつじゃ……。
「蓋開けてみりゃ他の奴らにも同じの渡してるわけだ」
「え〜っと……松田さん?」
な、なんでそんなジリジリと私の方に歩み寄ってきてるんですかね……?
思わず後ろへと後ずさるけれど、すぐに壁へと背中が触れた。そういえば屋上に出て早々に声かけたんだっけか。そりゃあ入口も近くにあるよねぇ。
「ちゃんと口にすりゃいいんだろ?」
「そうだけど顔近い!近すぎる!!」
「んだよ、嫌か?」
「嫌とかそういう問題じゃ」
「じゃ良いだろ」
「良くないよ!?」
逃げようにも足の間にしっかりと彼の足が入っていて逃げられないし、顔の隣には腕が伸ばされてるし……ってこれ噂に聞く壁ドンってやつですか!?いやいやなんでなんで!?おかしい!おかしいってば!!私の顔がどこか熱いのも、頭が沸きそうなくらいグルグルしてるのも、心臓の音がドクドクうるさいのもおかしいってばー!!!
「好きだ」
「え」
一瞬、松田の声以外の音がこの世から消えたみたいに、ハッキリと彼の声が聞こえた。
「お前のことが好きだ」
「ま、つだ……」
松田が私の事を好き?本気で?本当に?
「だからチョコは返さねぇ。お前から貰うのは俺だけじゃないと嫌だかんな」
「……なにそのワガママ」
「ワガママでいーんだよ。んで持ってお前からの返事もYES以外は認めねぇから」
「……ワガママすぎ」
「お前にだけだ」
そう言ってチュッと額に唇を当てられる。
「なっ!?」
それだけでジタバタ暴れそうになるくらい恥ずかしくて、キッと松田を睨むも彼はそれすら愛おしいとばかりに目をキュッと細める。
「で?返事はどーするよ」
「……YESしか認めないんでしょ」
「ちゃんとお前の口から聞きてぇ」
「このワガママめ…………私も好きだよ松田」
「ああ、俺も好きだぜ」
目の前の我儘男はふっと顔を歪めると、さっきのやり直しとばかりに唇へとキスを落としたのだった。

「でもチョコは返してね」
「んでだよ!?」
屋上から戻る道すがら、ちゃんと催促をする。
そりゃ当たり前だよね?だってみんなに渡す用のチョコだし、一つを除いて松田用じゃないし。
「い・い・か・ら!それ高かったんだからね!
それに……」
「んだよ」
不機嫌そうに私を見る松田。そんなに嫌なのか、と今となっては思わず笑ってしまいそうになるのは我ながらどうかと思うんだけど、クスっと笑みを溢してしまった。
「松田には特別に私お手製のチョコでも作ろうと思って。それが本命チョコってことでどうよ?」
「マジかよ!?お前の手作りとか嬉しくねぇわけねぇだろ、くれ」
「単純すぎない?」
我慢出来ずにクスクスと笑う。手作りかぁ。お菓子は何回か作ったことあるし、ここはいっちょ頑張ってみようかな。
「あ、そうだ」
「ん?なぁに?」
松田はふっと悪戯っぽく口端を上げてこう言った。

「髪の毛とか、入れてもいいぜ?お前のだったら綺麗に取って保存しておくからよ」
「ぜっったいに嫌だからね!?」

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