ホワイトデー【スウィン×ナーディア・ルーファス×ラピス】 - 2/2

「二人とも、ちょっといいか?」
三月十四日の晩御飯時。のんびりと寛いでいたナーディアとラピスの元にスウィンがやってくるなり、そう呼びかけた。
「別にいいけれどどうしたの〜?」
「とりあえず、机の上を開けてくれないか?」
「? うん、分かった」
ナーディアの問いにスウィンがそんな頼みを返す。よく見ると彼の手にはお盆があり、その上には保温ポットと隣に四つのお椀のようなものが重なってあった。それを確認したラピスは首を傾げつつも机の上に広げていたアルバムと写真を丁寧にまとめて仕舞う。
「ありがとう」
お礼を言い、スウィンが机にお盆の上のものをテーブルに並べていく。
「ねえねえ、それなんなの?」
もう待てないとばかりにラピスが問いかけるも
「まぁ、すぐ分かるから待っててくれ」
と答えを言わない彼。
「今日ってホワイトデーだし、それ関連なのかなぁ〜?」
揺さぶりをかけるようにナーディアが言うと、ようやく
「そういうことだな」
スウィンがそれらしき返答をした。
「ふーん……でもお椀にポットって、お茶会としてはおかしくない?」
「そもそも中身はお茶じゃないからね」
ラピスが再度スウィンに質問をすると、それに返事をしたのはルーファスだ。
タイミングよく部屋に入ってきたのだろう。両手で持つ程の大きなお盆に四つのお皿を乗せているあたり、どうやらそれがメインのようだ。
「黒いパスタ?」
そのお皿を見た彼女の第一声はそれだった。
「ん〜真っ黒というよりは灰色?」
ナーディアも気になるらしく、机に置かれたパスタらしき灰色の麺をじっと見つめる。
「でもパスタの割には何もかかってないし、ツルツルしてるし……ルーファス、これってなんなの〜?」
「ふふ、それは食べてみてからのお楽しみってやつだろう」
そう言いながらルーファスはお椀を並べ、順々にポットから赤茶色の液体を注ぐ。その間にスウィンはフォークをそれぞれの場所へとセッティングした。
「これは飲み物?」
「ん〜、でも赤茶色の飲み物なんて聞いたことないよ〜。紅茶とも色が違うみたいだし、何より匂いが違う〜」
「それもそうかも。なんだか東方料理みたいな匂いがする」
顔を見合わせながら、目の前のものの正体を暴こうと会話する女性陣。そこでようやく準備をしていた男性陣が席についた。
「じゃあいただくとしようか」
「そうだな、上手く出来ているといいが……」
と、フォークを持ち出した男性二人にとうとう女性二人が抗議をし出す。
「ちょっと! そろそろ何か教えてよ〜!!」
「なーちゃんも教えてほしいかも〜。すーちゃんが変なものを出さないのは知っているけれど分からないまま食べるのは怖いし〜」
ナーディアの言うことは尤もだ。それを分かってか、スウィンとルーファスはそこで食べ物の正体を明かした。
「これは『蕎麦打ち』という極東の食事だ」
「蕎麦打ち? それって確か前クレイユ村で話していた……」
スウィンの言葉にラピスが少し驚いた声を上げる。
それは以前クレイユ村を訪れた際に蕎麦の花畑をバックにルーファスが口にした食べ物の名だったからだ。
「ガレット以外の蕎麦粉を使った食べ物だよね〜?」
その時を思い出しながらナーディアがラピスの言葉の続きを紡ぐ。
「ああ。あれからレシピを入手できたものだから、ホワイトデーのお返しにと思ってスウィン君と一緒に作ったのだよ」
「本当!? 食べていいの?」
「もちろん」
ラピスの問いにルーファスが頷くと、彼女は早速とばかりにフォークを握り、麺を掬って口に運ぶ。
「ん……?」
少し困った顔をしながらもそのままモグモグと口を動かし、やがて
「……ねえこれ、味しないよ?」
不思議そうに首を傾げた。
「そりゃ食べ方が違うからな……」
「食べ方なんてあるの?」
「あるんだよ、これが」
言うより見せた方が早いだろうとスウィンがお椀を持つ。そして麺をとり、そのお椀に入れ、そこから麺を取り出すとようやくパクリと食べた。
「なるほど、だからこの謎の液体があるんだ〜」
ふむふむと頷いてナーディアもスウィンの真似をするように蕎麦を食す。
「んん〜、これは美味しいよラーちゃん!」
「ほ、本当?」
何もつけずに食べた麺の味を知っているからか、ラピスは不安そうな表情を浮かべる。なんとなくルーファスの方へ視線を送ると
「なかなかいい出来ではないかな?」
彼もまた美味しそうに食べていた。
「……むぅ」
なんだか悔しくなっておずおずとフォークで麺を取り、お椀に入れ……
「えいっ!」
パクっと口まで運んだ。すると
「お、美味しい!!」
さっきにはなかった味が入り、それが麺の食感や素朴な味を引き立たせてくれている。まさか液体につけるだけでこんなに変わるとは!
「それならよかった。君のために作ったのだから、どれだけ私たちが美味しいと思ったところで君にそう思ってもらえないと意味がないからね」
声のした方を向くとルーファスが穏やかな目で彼女を見つめていた。その顔を見てどこか嬉しくなったラピスは
「流石ルーファスね!」
と満面の笑みで返し、蕎麦を食べることに専念するのだった——

***
「それにしても蕎麦打ちとはね〜」
蕎麦を食べ終わり、部屋に戻ったスウィンとナーディアはベッドに並んで腰掛けながら紅茶を楽しんでいた。
「まぁな。バレンタインにガレットもらったしそれのお返しだと思ったら妥当じゃないか?」
「それもそっかぁ」
蕎麦打ちもガレットもクレイユ村の名産だった蕎麦粉を使った食べ物だ。ナーディアがバレンタインの贈り物にガレットを選んだように、スウィンとルーファスも思うところがあったのだろう。
「蕎麦打ちって作るの大変で、極東では職人までいるらしい。実際作ってみて納得したよ……」
「そんなに?」
「ああ」
コクンと頷くスウィン。ナーディアはレシピも何も知らないのでそれを想像することすら出来ないが、彼が言うのなら少し大変なのだろうと思う。
そんな大変なものをそれでもわざわざ作った理由は、やっぱり……。
「……そうだ、ナーディア」
彼女の思考を遮るように彼が声をかける。特に何の変哲もない、いつも通りのナーディアが好きなスウィンの声。
「なぁに、すーちゃん」
だから油断していた。
「これ、ナーディアに渡そうと思っていて」
そう言って彼から手渡されたのは小さな箱だったのだから。
「ふぇ!?」
思わず彼女が声を上げる。だってそれは、それはまるで……。
「開けてもいい?」
「もちろんだ」
そっと箱を受け取り、中からケースを取り出し、パカっと開く。
そこには
「ゆっゆゆゆゆゆゆゆゆゆ……指輪!?」
案の定というべきか、驚くべきというか……シンプルで綺麗な指輪が入っていた。
「なんで!? どうして!?」
「落ち着け、ナーディア……」
突然の出来事に顔を赤らめて声を上げる彼女。そんな素振りどこにもなかったのでさらに驚きである。
もちろん心の中は
『すーちゃんが指輪を送ってくれた!!』
と大フィーバー状態である。今すぐに踊ってしまいたいくらいには嬉しい。踊るのが難しいなら叫んでもいいかもしれない。それこそ『見てみて!! すーちゃんが指輪くれたの!!』と隣の部屋に突撃しかねない。
「ナーディア」
「はっ……!!」
スウィンからポンっと肩を叩かれてようやく我に返る。スーハーとゆっくり深呼吸して、落ち着くはずもない心拍数を少しばかり落とす。
「えっと、どうして?」
そして、やっと聞きたいことを彼に質問するのだった。
「いや、実は……」

***

「珍しいな、スウィン君。君が私に相談とは」
数日前、スウィンは自ら淹れたコーヒーを手にルーファスを訪ねていた。もちろんナーディアとラピスが席を外しているタイミングで、だ。
「それなんだが……なぁルーファス、あんたに聞きたいことがある」
「ほう」
コーヒーを受け取りながら相談とはなんだろうと首を傾げるルーファス。自分に分かることならばいいのだが、という一抹の不安を覚えながら言葉を待っていると。
「その……ナーディアに俺が傍にずっと一緒にいるって決意を表すものを贈りたいと思ってるんだが、何かいいものを知らないか?」
「…………ほう?」
何だか予想の斜め上の質問が飛んできた。
「バレンタインの時にそう約束したから、ホワイトデーの時にはそれを返すような、そんなものを贈りたくて……」
「なるほど」
スウィンの意図は分かった、気がする。
しかしそれを何かで表現するというのは難しい話だ。気持ちという概念を物理的に証明することが出来るのならば今頃この世では贈り物の選択肢が無くなっているのではないだろうか。それこそ愛情を伝えたいなら〇〇を贈ればいい、感謝を伝えたいなら〇〇を送れば相手も分かる……といった具合に。
それはそれでつまらなそうである。
「……つまり、スウィン君はナーディア君に対して、『一生一緒にいる』ということを証明したいんだね」
「ああ」
重々しく頷くスウィンは
「ずっと一緒にいて、一生幸せにしたいって思ってる」
更に強く、そうルーファスに決意するように告げた。
「……ほう」
さっきから『ほう』としか言えていないなとルーファスは自分で気がついているが、もはやそれしか言いようがない状況である。
それにしてもさっきから、どこかで見たような、ないし聞いたことのあるような事をスウィンが言っている気がした。『はて、どこでだろうか』と暫し考え
「…………あ」
既視感の正体に気がついた。
正式にはまだ見たことはなく、本などで似たようなシチュエーションを知っているといった感じなのだが。
ふっと口元がニヤリと笑う。何だ、答えなど簡単じゃないか。それを証明するにうってつけのものが世の中には存在するではないか——!
「それならば指輪なんてどうだろう」
「指輪?」
「ああ。一般的に一生守りたい女性に男性が贈るものとして指輪が相応しいと思うのだが。古くからの習慣でもあるしね」
「へぇ、そんなものがあるのか」
詳しいなと感心するスウィン。そして
「それなら今からでも見てくる。ありがとうなルーファス」
「ああ、気をつけて行ってくるといい」
善は急げとばかりにそそくさと彼は部屋を出ていってしまう。
「……まぁ、嘘はついていないからね」
ルーファスはその後ろ姿を、どこか優しい微笑みで見送るのだった。

***

「ってルーファスが言っていたからな。
バレンタインの時にした、お前のそばにずっと居る約束は絶対に守る。その証拠としてつけていてほしい」
「………………」
嬉しい。嬉しすぎる。
なのに、このモヤモヤ感はどうしたものだろうとナーディアは話の途中から頭を抱えたくなっていた。
それと後でルーファスには一言言おうと心に誓う。
さて、スウィンの誤解を訂正すべきだろうか、でも知らないままの方が幸せなことはあるだろう。今回の場合はどうするのが正解なんだろうか。
「ううん、どうせなら『そういう意味』で渡してほしいし……」
迷った挙句、結局最終的にはその自分の気持ちを優先することにした。
「ねぇ、すーちゃん」
「なんだ? もしかして気に入らなかったとか?」
「ううん、そんなことないよ。すごい嬉しいし、デザインも気に入ったよ〜
でもそうじゃなくって……すーちゃん、婚約指輪って知ってる?」
「? ああ、そりゃあ知ってるぞ。結婚する相手に渡すやつだろ?」
「そうそう。じゃあもう一個しつも〜ん。
結婚する女性に対して、男性はどんな気持ちで婚約指輪をあげるでしょ〜か?」
「それは、ずっと傍にいるとか、守るからとか……あ」
そこでようやく気付いたかのようにスウィンが黙る。
そう、今スウィンがナーディアに渡した指輪の意味と婚約指輪を贈る意味は、ほぼイコールなのだ。強いて言えば結婚の約束をしているか否かではあるが、そもそも婚約指輪を渡す際に結婚を申し入れる場合が多い。
「……すーちゃん」
「……何だ、ナーディア」
カアアっと赤くなっている顔を彼女は真っ直ぐに見つめる。そして
「なーちゃんに結婚の申し入れはしてくれないの?」
コテンと首を傾げるのだった。

***

「ふふふ……」
一方その頃、ルーファスは自室で、今隣で起こっているだろう出来事を想定しながらニヤニヤしていた。
「……また何か企んだでしょ」
「おや、何でそう思うのかな?」
「だってそんな顔してるもん」
『すごく悪い顔してる』とラピスが顔を顰めながら彼に言うと、
「さて、どうだろうね」
「あー、誤魔化した!」
いつものようにそう言って微笑むルーファス。そして彼はポンポンと膝を叩くと彼女は表情を一変させてそこに座った。
「座り心地はいかがかな?」
「もちろん最高よ! もたれるとルーファスの音がするし、温かいし。私ここ大好きなんだから!」
「それなら何よりだ」
ラピスが見上げるとルーファスは優しげに微笑む。
時々彼にこうしてもらうことがある。すごく心地が良くて何をするまでもなく彼と話しているだけで幸せを実感出来るこの時間がラピスはとても好きだった。
「ちょっとじっとしててくれるかな?」
「え、良いけど……」
不意にそう言われ、ラピスは正面をじっと見たまま指先ひとつ動かさないように固まる。息も止めようかと思ったが流石にそれは苦しくて早々に断念した。
それにしても何をしているんだろう。何度も聞きそうになったがじっとしていてという言葉を守るために必死で抑える。
やがて
「もう大丈夫だ」
「う、うん……」
許可が出たため指先から全身の緊張を一気に和らげた。するとシャラっという音が聞こえ、首元を見ると
「……あ」
そこにはさっきまでなかったペンダントがかかっていたのだ。
緑色の石が綺麗なそれはラピスの胸元でキラリと輝いているように見える。
「ルーファス、もしかして……」
「ホワイトデーの贈り物だ。
昔《翡翠の城将(ルーク・オブ・ジェイド)》なんて二つ名を名乗っていた時期があってね。あの時の私も私ということで宝石は翡翠にさせてもらったのだが」
「それって……」
当時の二つ名。今はもう存在しない二つ名。
けれど彼の言う通り、その名前もルーファスの一部で。
だからこそ、彼はその名前に入っている名前と同じ名前の宝石をラピスに贈ることにしたのだろう。
その意図に気がついたラピスは目を瞬かせ、
「私にルーファスの一部をくれるってこと?」
そう問いかけた。
彼は一度驚いたように目を見開いたが、すぐにふっと微笑み、彼女を後ろからギュッと抱きしめる。
「ああ、その認識であっているとも。
君がバレンタインの時に君自身をくれたように、私も私自身を贈りたくてね。
……気に入らなかったかな?」
「そんなことないわ! すごく、すごく嬉しい!
ありがとう、ルーファス」
「それなら何よりだ」
あまりに嬉しそうに彼女が言うものだから、つられてルーファスも抱き締める力が強くなる。
そこで、ハッとラピスが何かに気がつき「あっ」と声を上げた。
「ねぇ、ルーファス」
「ん、どうした?」
改めて言うのは何だかこそばゆいなと思いつつも、ラピスは自分の気持ちに正直になり、要望を口にする。
「その、正面からギュッてして? このままだと私がルーファスを抱きしめることが出来ないから」
そしてそのまま、一緒に寝られたら良いなぁと。心の中で思いながら——

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