「すーちゃん、はいこれ!」
「ん?」
まだまだ寒い今日この頃、今の内にと武器の手入れをしようと腰を下ろしたスウィンは、目の前に差し出された綺麗な箱をまじまじと見つめた。
「ほら!」
「お、おう?」
どうするべきなんだろうか判断に迷っていると、ナーディアがグイグイっとスウィンに押し付けるようにしてきたので、『ああ、受け取っていいものなのか』とようやく結論が出せた彼は大人しくそれを手にする。
「開けてみて?」
彼女を見ると、嬉しそうな、でもどこか顔が赤いような、そんな表情で見つめてくるので
「分かったよ」
スウィンはそう言って思わず視線を彼女から箱に戻す。なんだかこっちまで照れてしまいそうだったのだと誰にいうまでもなく心の中で言い訳をし、スルスルとリボンを解いていく。包装紙はなんだか勿体無くて丁寧に捲るように剥がすことにしようと、箱を裏返しにしようとした途端
「ダメ! 形崩れちゃうかもしれないからダメー!」
「……そういうのは早く言ってくれ」
間一髪、彼女が叫んでくれたからよかったものの、間に合わなかったらどうする気だったんだろう。そう思ったが敢えて口には出さず、素直に言う通りに従うことにする。
それにしたって一体なんだというのだろうか。そもそも今日は何かあっただろうか。
(今日って確か二月十四日だったよな……)
誰かの誕生日か、はたまたどこかの国のお祝い事にナーディアが感化されたか……
そんなことを考えているうちに包装紙が一枚の紙になっており、手には何も纏っていない箱が残される。
そっと蓋に手をかけて、箱を開けると。
「これは……」
そこには巻いてあるタイプのクレープ……ではなくガレットが入っていた。
クレープとは違い、小麦粉ではなく蕎麦粉を用いたそれは、どうしても旅の中で立ち寄ったとある村を彷彿とさせる。
「ほら、今日バレンタインデーだから」
「ナーディア……」
顔を上げると、先ほどまで照れた様子だったのは一体どこへやら、悲しげな表情を浮かべて、それでもスウィンには微笑もうと頑張っている彼女がいた。
「今年はどうしてもこれを作りたくて。中にちゃんとチョコレート挟んでいるからイベントの趣旨からはズレていないしいいかな〜って」
エヘヘと笑うナーディア。やっぱりどこか無理しているように見えて、
「ナーディア」
思わず強い口調で彼女を制す。
「……あそこの人たち、本当に温かかったよね」
「そうだな」
こちらが何者なのか気にせずに接してくれる人が多い村だった。今回のガレットだって、村の特産品である蕎麦粉を使ったものを宿屋で食べているときにあまりにラピスが美味しそうに何枚も食べるものだからお姉さんがレシピを教えてくれたのをナーディアが作ったのだろう。
「本当に、温かい人たちだった」
そう呟いてスウィンはガレットを手に取り、口に入れる。本来はナイフとフォークを持って来るべきだったのだろうが今はそんな気分じゃなかった。
「……美味い」
ガレットの生地はもちろん、チョコレートの甘さも程よくて、思わず次のガレットに手が伸びる。
「よかったぁ〜、初めて作ったから心配だったんだよ」
***
「ラーちゃん。ガレット、作ろう」
今年のバレンタインは、ナーディアのその言葉から始まった。
「ガレットってクレイユ村で教わったあのガレット?」
「うん、スイーツ系もなかなか美味しかったでしょ〜?」
一月後半になって、そろそろ今年はどうしようかなと考え出した彼女は、しかし考えるまでもなくすぐに脳が答えを出した。
ガレット。蕎麦粉を使った料理で甘さは控えめだがスイーツをトッピングしても美味しかったあれならばバレンタインにふさわしいだろうと。
けれどそれ以上に、『今年はガレットが作りたかった』。それ以外はただのこじつけと化すほどに、その気持ちが強かったのだ。
あの知らせを聞いた時、身体が震えて、胸が締め付けられた。
仕方ない、そういう世界なのだと分かっていたはずなのに、村の人たちや古巣のことを思うと怒りが湧いてくるほどには。
ルーファスやスウィンが苦虫を噛み締めている表情を浮かべている中、ラピスが泣いてくれなかったら自分の感情の捌け口に相当困っただろう。
「いいわねガレット! 美味しく作っちゃいましょナーディア!」
どこか鋭いラピスが笑ってナーディアが出したバレンタインの提案を受け入れる。
「うん! すーちゃんを唸らせるほど美味しいの作るぞ〜!」
『おー!』と二人で拳を天に掲げ、線密な計画を練り出すことになったのだ。
***
「……ねぇ、すーちゃん」
「なんだ、ナーディア」
「あの件はすごく悲しいけれど。でもすーちゃんがいればなーちゃんは大丈夫だから。
だからずっと一緒にいてね、すーちゃん」
これまでだって二人でどんなことも乗り越えてきたのだから。今回みたいなことがあってもきっと。
「もちろんだ、ナーディア」
貴方となら生きていける——
コメントを残す