「君が好きなんだ。俺と付き合ってくれないかな?」
「……はい?」
とある日の、警視庁中庭にて。
私は目の前の男性から驚くべきことを告げられた。
(えっこれは私に言われているの? もしかして私の他に近くに誰かいるとか!?)
そう思い、キョロキョロと周囲を見回すもここには私と彼の二人しかいない。どうやら本当に告白の相手は私らしい。
「だから、俺は君のことが好きなの」
「…………」
パチパチと目を瞬かせる。どうやらさっきの言葉は幻聴ではなかったらしい。
「えっと……人違いとか、ではなくてですか? あ、ちなみに私の名前は——」
「〇〇ちゃんでしょ? 大丈夫、人違いじゃないから」
名乗る前に名前を呼ばれてしまった。でも申し訳ないのだけれどやっぱり信じられない。
「……冗談とか、何かの罰ゲームとかではなく?」
よくあるよね、そういう感じのやつ。ほら、酔った勢いで賭け事しちゃって引くに引けなくなっちゃったとか……。私には経験ないけれど。
もしそうなら早めにそうだと言ってほしい。しかし彼は「ううん」と首を横に振った。
「そんなんじゃないよ」
「…………」
真っ直ぐな目で見つめられ、『あ、これ告白は真面目なやつなんだな』と認識する。今まで何人もの女性を落としてきたであろう顔は、顔のカッコ良さなどよく分からない私からしてもそれがイケメンと呼ばれるものであることを納得せざるを得ないものだ。
ふぅっと息を吸って、ハァっと吐いて。
そちらが本気で告白をしてきたというのならば、私も誠意を持って返せねばならない。そう思って私は口を開いた。
「ごめんなさい。私、チャラい男性は苦手なので」
***
「それでフったんですか、その警察の方を」
数日後、私はポアロにて店員の安室さんに一連の話をした。何故か安室さんは大爆笑しながら聞いていたわけなんだけれど。
さっきの言葉を文字に起こしてみると、『それで、ハハハッ、フったんですかフフフフッ、その、アハハッ、警察の、ブフッ、方を、フハッ』って感じ。
「そんな笑う話でもないと思うんですけれど……」
「いやいや、貴女が思っている以上に面白いです。だってアイツが……ハハッ、チャラいからってフラれるとか、ふふっ」
「だからって安室さん、笑いすぎです」
私は私でその人に申し訳なさってものがあるんですよ、これでも。と補足するも安室さんの笑いは止まりそうにない。この人もしかして笑いの沸点が低すぎるのでは? それとも私の分からない爆笑ポイントでもあったのだろうか。
(そういえばさっき『アイツ』とかって言っていたけれど知り合いだったりするのかな?)
ふとそう思ったが、なんとなく聞くのが憚られたので口に出すのはやめておく。
「な、面白いだろ安室サン?」
「はい、これはちょっとツボに来ますね」
私の隣に座っている彼——松田陣平さんも終始ゲラゲラしながら私の話を聞いていた。彼は私がポアロに入る少し前に来店していたらしく、たまに話すくらいの仲の為、遠慮なく隣の席に失礼させてもらったのだ。
私が告白された相手は萩原研二という爆発物処理班のエースの一人だった。ちなみにもう一人のエースは松田さんだ。
長めの髪の毛、垂れ目が特徴的なイケメンフェイスの持ち主で、そして人当たりの良さとコミュニケーション能力の高さから女性陣にかなり人気で、何回か告白もされていると聞く。多分女性関係で困ったことはないんじゃないかなと思うくらいにはモテモテのはずだ。
「お話を聞く感じ良さげな方じゃないですか。どこがお気に召さなかったんです?」
「……チャラいところ、ですかね」
アイスティーを一口飲んでポツリと呟く。途端、ブハッと隣でアイスコーヒーを吹き出した音が聞こえたが、松田さんの名誉のためにも聞かなかったし見なかったことにしておく。
「よく色んな方のお話で聞くんですよ。萩原さんって合コンに参加する頻度が高いですし、女性に対しての接し方も女性慣れしすぎているというか、軽いというか……。私誠実な方がいいなぁって思うのでどうしても良い印象を抱けなくて」
「ふむ……」
もちろんこれは私の勝手な印象であることは変わりない。もしかしたらお付き合いしてみることで全然違う彼の顔が見えたりもするかもしれない。けれど私にとって『チャラそう』というのはあまりにマイナスだった。
「その、昔付き合っていた彼氏がそういうナンパな人で。結局浮気されてそのまま別れたんですよね。もしここでお付き合いして、その時と同じことが起きたら嫌だなぁって」
「難儀ですねぇ」
「でしょう?」
ふぅとため息を吐く。元彼に対して未練は全くないけれど、それでも当時傷ついたという記憶はあるわけで。その二の舞になるのだけはどうしても避けたくて、あの時『ごめんなさい』と頭を下げた。
「なのに、あれから頻繁にお会いするようになって」
「ほう?」
……ちょっと安室さん、なんか今『面白いことになってますね』みたいな声のトーンじゃありませんでした?
「詳しくお伺いしても?」
彼の顔を見ると、案の定ニコニコと、楽しそうな笑みを浮かべている。
「他人事だと思って……まぁ良いですけれど〜」
私だって誰にも吐き出せない愚痴紛いのことを仕事の合間に——たまたまお客さんが私と松田さんだけの時間とはいえ——聞いてもらっているのだ。どうせなら楽しんでもらった方が安室さんにとっても良いだろう。
「違うフロアなのにわざわざ私のフロアの自販機前にいたり、私の部署の休憩室にいるんですよ? しかもご丁寧に私の好きなミルクティーの缶を持って! 更にタイミングを読まれているかのように缶が冷めていたこともないんです」
「何してんだ萩原のやつ……」
ボソリと安室さんが呆れたように小さく呟く。「だろ?」とそれに肯定するかのように松田さんも頷いていた。
「本当、何しているんですかって話ですよね。前なんか『一緒にお昼食べよ〜』なんて言ってランチに連行されましたし……。爆処ってそんな暇じゃないはずなのに、こんな私に合わせる形でちょこちょこ抜けて大丈夫なんですか?」
「松田、止めろよお前……」
「……お前、止められていたらとっくにそうしていると思わねえか?」
「まぁ、それもそうだな……」
安室さんと松田さんが顔を見合わせてため息を吐いていた。松田さんはともかく何故安室さんまで?
「実際どうなんです? 萩原さんちゃんと仕事できてます?」
同僚で仲の良い松田さんに聞いてみると、彼は渋い顔を浮かべる。
「それが出来てんだよなぁ。だからこそ止めるに止められねぇというか」
「マジデスカ」
ガバッと机に顔を伏せる。これでもし、仕事に支障が出ていたとしたらそれを言い訳に出来たものの、ちゃんと仕事をこなしているという。つまり私には彼を追い払うだけの理由がないのだ。
「もしお前が本当に嫌なら俺から萩原に止めるよう言うことは出来るぞ? それを素直にアイツが聞くかどうかはともかく」
「それは……いえ、大丈夫です。仕事に支障をきたしていないのなら。迷惑なわけではないですし。むしろ、楽しいというか……」
そこでハッとする。今、私は何を思った?
確かに嫌ではなかった。初めの方は『なんで?』って訝しげな目を向けていたけれど、徐々に話すのが楽しくなった。
萩原さんは皆の言葉通りコミュニケーション能力に長けていて、会話が面白いのだ。時折返答に困ることを言ってはくるものの、基本的にはつまらない・面白くないって思うことはない。
今となっては休憩室に彼がいないと寂しいなとすら感じるほどには居心地が良かったのだ。
「…………ハァアアアア」
なんだろう、今すごく泣きたくなってきた。なんだか萩原さんの策略に乗せられた気分である。
「じゃあお前、なんでハギの告白受けねぇんだ? 今からでも受ければ良いだろ」
どこかに連絡していたのか、松田さんがスマホを机に伏せておくと頬杖をついて私に質問してきた。
「……やっぱりチャラいってイメージがどうしても拭えないんです。
元彼の話もありますが、それを抜きにしても。
本気で好きになったら傷つくんじゃないか、私のこと遊びだと思われるんじゃないか、浮気されちゃうんじゃないか……そんなことばかり考えちゃうんですよね。よくないのは分かってるんですけれど。
それに、私多分ヤキモチ焼きだと思うんです。萩原さんのような人にとっては面倒な女性に分類されるんじゃないかなぁと」
大半は付き合ってからの信頼関係がどこまで築けるかの話にはなってきそうなので心配するだけ無駄なのは承知の上だ。
でも付き合うとなったらきっと私は嫉妬してしまう。女性にも優しく接する萩原さんにとってこれほど厄介な女はないだろう。
だったら今のうちに離れておいた方がいい。良き友人のままでいた方がいい事だって世の中にはたくさんあるはずだ。
カランカランと勢いよくポアロの扉が開く。誰かお客さんかなと思いそちらに視線を移すと……
「それ、本当!?」
「ふぇ」
噂の萩原研二がそこに立っていた——。
続きは松田さんがグシャグシャにしてゴミ箱へポイっしました。
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