成績優秀な幼馴染たちに私は一生敵いそうにもない……【工業高校の日常!】 - 2/2

「お邪魔しま〜す」
「どうぞ〜」

梅雨も明け、暑くなってきた今日この頃。休日の朝に私は幼馴染家の敷居を跨いでいた。
もはや勝手知ったる他人の家ではあるからか、そこの家の住人である景光は「麦茶持ってくからオレの部屋に行っててくれ」と一言告げてキッチンへと入っていく。私も私でそれを気にすることなく、「ん〜」とだけ返事をして階段を上がるのだけれど。
景光の部屋の扉を開けるとそこには一足早くゼロがいた。
「やっぱりゼロは来てたんだ」
「僕は常に5分前行動しているからな。お前こそギリギリに来る癖いい加減に直した方がいいぞ?」
「そうかもしれないけれど、こればかりはどうしてもね〜」
別に私とてワザと時間にルーズになっているわけではない。現に今日だって時間には間に合っているし、ギリギリでいつも生きていたい人種じゃないのだ。
けれど、どうしても5分前行動が出来ない。社会に出たら困るなぁと思ってはいるんだけれど何故か早めに出ても着く頃には時間丁度になっているのだ。全くもって不思議なことに。
「ふぅ……」
一つ息を吐きながら机の前に座る。いつも三人で集まる時、私は所謂誕生日席に座るので今回も例に漏れずその場所を選択した。
「最近急に暑くなったよね〜」
「そうだな、ちゃんと水分補給しろよ? 熱中症になったら大変だからな」
「大丈夫、しっかりとしてるよ」
そんな会話をしていると、
「お待たせ、じゃあ始めようか」
部屋の主がお盆にお菓子とお茶を載せてやってきた。そしてその言葉を合図に私たちはいそいそと鞄から教科書とノートを取り出す。

——そう、今日集まったのは他でもない。来週に控えている期末テストの勉強のためだった。

一学期に二回訪れる私たち学生の最大の難関であるそれは、下手をすれば致命傷だがちゃんとすれば色んなことに有利になる。主に成績や就職や進学に。
それもあってか、中学生の頃からテスト勉強が恒例行事になっている私たちは高校が別になってもこうして集まって勉強をしていた。
まぁ私の目的は彼らに勉強を教えてもらうことただ一つなのだけれど。
「さてと、まずは数Ⅰから……」
そう呟きながら、苦手な部類に入る数学の教科書をめくる。
えっ工業って理数系なのに数学が苦手なのかって?でもこれは仕方のないことなのだ。なんせ元々文系の方が得意なんだから。それでも回路制作やプログラミングが得意分野かつ好きなことだったので理数系に進んだだけ。筆記と実技でここまではっきり分かれるとは思わなかった。
「えっと……正弦定理?余弦定理?今回の範囲はここかぁ」
「は?」
「え」
「…………」
二人が『お前何言ってんだ?』って顔をしている。うん、慣れた。慣れたよその反応には。
「え、まだそこやってるのか?」
「工業高校だからね……」
「オレら、それ一年の時にやったんだよなぁ、ちょっと懐かしい」
「デスヨネェ」
そう、ここが普通学科と専門学科の違いである。
というのも、私の通っている工業高校はその名の通り工業系のことを学ぶ学校なのだ。つまり授業も国語・数学・理科・社会・英語以外の専門教科があり、更にそこに実習(実際に回路を組み立てたり、プログラムをしたりする授業)が入ってくるので、実質普通科でやるような授業の時間数が少なくなる。
つまり、授業の進みも遅ければ、普通科よりも学ぶ量が少ないのだ。数学B?何それ美味しいの?状態である、真面目に。
「というわけで、教えてください先生」
「いいよ、オレたちに分かる範囲であれば」
「ま、こうなるよな」
その通り。なんなら二人がやっている範囲は私はまだ学んでいない(学ばない可能性も高い)ので私から教えられるのは専門教科しかないのだ。まぁそんな必要すらないんだけれど。
初めはそんな状況に申し訳ないなぁって思っていた。しかし先ほども言ったように中学からの恒例行事だったことと、二人の親切さに負けて今もこうして一緒にテスト勉強している。
「それにしても、古文と漢文と現代文って分かれているものなんだね……?」
ヒロが開いている古文の教科書を私は不思議そうに眺めた。単語一覧なんて英語でしか見たことがない。
「まぁな。今とは意味の違う言葉も多いし」
「覚えてしまえば簡単なんだけれどな。なんだ、そっちは古文ないのか?」
「ないというか……国語でまとめられてるし、現代文メインってだけで古文漢文もやるよ」
中学生レベルだと思うけれど。という言葉はそっと飲み込む。
なんだろう、少し虚しくなってきた。ちょっと普通科目はやめて専門科目から手をつけようかなぁ。
そう思い自信をつけるために一番得意と言っても過言ではない情報処理の教科書を出す。これは一度問題集を解いて仕舞えばある程度は理解できるし、ささっと済ませてしまおう。そしてその後なら普通科目をやる気分にもなる……はず。
「まずはC言語のプログラミングからかぁ」
これは順序立てて書けばそこまで難しくないはず。あとは適宜分岐するプログラム(if文)と繰り返すプログラム(for文)を入れていけば……。
脳裏で動作を想像しながらプログラムを組み立てていく。すると。
「お前本当すごいな」
「そう?私からすれば普通科の勉強が出来る二人ってすごいなぁって思うけれど」
ゼロに褒められて私は首を傾げる。私がすごいポイントってどこにあっただろうか。最近勉強していた資格は無事取得出来たけれど、それくらいな気が……。
むしろ毎度彼らの教科書を見るたびに私は感嘆の声を零すほど、二人の方がすごいと思う。古文の単語帳やら化学だの数学Bだのの問題集を見るたびに次元の違いをまざまざと見せつけられている気分だ。しかも二人は有名な進学校でもトップ順位を維持しているレベルなわけで。
だからそんな二人にすごいと言われる場所なんてないと思うんだけれど……。
「そうでもないでしょ。現にオレたち、今君が書いているの理解出来ないからね」
「それはまぁ……でもこれくらいなら少し学べば二人はあっさり分かっちゃいそうなものなんだけれど」
要は知っているか知らないかの問題だろう。
「それならお前だってこっちの勉強していれば解けるんじゃないか?」
「いやいや、私はそこまで頭良くないので……」
むしろ理解できなくて二人に泣きつくところまで想像できる。あとゼロの言うように勉強することで解けていたら中学の時もう少し成績良かったと思う。
「ま、そういうことだな。人には得て不得手があって君はそっち方面が得意ということだろう」
「なるほど……」
「でも回路系とかは筆記試験良くないみたいだけれどな?」
「うっそれは言わないで……」
ヒロに突っ込まれて項垂れる。そうだよ、回路は組み立てるのは早いし正確に出来るんだけれど、筆記になると用語とか覚えられなくて平均点くらいしか取れないんだよね。
「で、でも実技で成績は取り戻してるから!むしろプラスになってるんだから!」
「じゃあ筆記試験でもっと点数取れば無敵ってことになるな?」
「やめてええええ!!聞きたくなあああい!!!」
その通りすぎてぐうの音も出ない。私も分かってるんだけれど、どれだけ勉強しても反映されない時ってあるじゃないですか。
そう言いながら情報処理の問題をカツカツと解いていく。ああ、筆記じゃなくてパソコンに打ち込んで動作させたい。そっちの方が目に見えて動くから楽しいのになぁ。

暫く部屋には時計とシャーペンの音だけが響き渡る。
「なぁゼロ、ここって……」
「ああ、そこは……」
でも時折ゼロとヒロが教え合っているのを目の前にすると、少なからず私の心に寂しい気持ちが広がっていく。
仕方ないことだ。一緒に普通科に進学しようという二人の誘いを断った時点で私の中には『教え合う』という選択肢は存在出来なくなった。
——これでも中学の時は二人よりも現代文が得意だったから教えることが出来たのに。
スッと自分の解いている問題集を見る。あと数ページのそれは普通科ではあまりやらないであろう専門分野の勉強で。
だからこそ痛いほど実感してしまう。私と彼らでは生きている世界が違うんだなって。
もちろん後悔はしていない。工業の勉強は楽しいし、実習に関しては毎週心待ちにしているほどだ。工業高校という特殊な環境故に色々と気をつけるべき点はあるにせよ高校生活も充実している。萩原くんと松田くんという友人だって出来たわけだし。
——だから、寂しいなんて、そんなこと……。
「……そんな顔するな」
「え」
ゼロの言葉に顔を上げると、二人がやれやれと言った顔で私の方を見ていた。
「ご、ごめん。邪魔しちゃった?どうぞ気にせず続け——」
「すごい寂しそうな顔をしている幼馴染を置いてまですることじゃないだろ?」
「うっ……」
そんなに分かりやすかったのか私は。
「オレからしたらお前に教えられることが増えて嬉しいんだけどなぁ」
ヒロがふふっと笑ってそんなことを言う。それはいいことなのだろうか?むしろヒロの手間を増やしているようにすら見えるのだが、本当に嬉しいんだぜ。といった表情をしている彼を見ると突っ込むのも野暮な気がする。
「それに、学ぶことが違うだけで今でもこうやって顔突き合わせて一緒に勉強しているだろ?そんな寂しい顔する必要ないと思うが」
「……そう、かなぁ」
「大体、お前は気にしすぎだ。どうせこんな些細なことで生きている場所が違うとか思ってたんだろう?」
「なっ……!」
何故それを!?エスパー!?
するとゼロは「やっぱりか」と呟いて……
コツン
小さく、私の頭に拳をぶつけた。
「ちょっ!?」
「全く、何を馬鹿なことを考えてるんだか。お前は僕たちの幼馴染なんだ。生きている場所が違うなんてそんなことあるわけないだろう」
「あとな、君が専門学科行ったおかげでオレらの知識も増えてるんだぞ?ダイオードだのトランジスタだのの仕組みとか2進数10進数の変換とか、普通科に行っている人たちとの会話だと出てこないしな」
「確かに聞かないとは思うけれど……」
それで彼らの知識が増えているとは思わなかった。私にとってはあまりに当たり前の知識であり、単語なのだから。
そして、何より生きている場所が違うなんてことないってキッパリと言ってくれたのが嬉しい。
「ほら、それ早く終わらせて数学に戻ろう?そうすればオレら教えられるしさ」
「……うん、お願いします」
だから今は、一旦ネガティブ感情は振り切って。ご厚意に甘えて分からないことを徹底的に聞こうとそう思った。

***

あれから昼ご飯を挟みつつ勉強して、気がつけば夕方。
「ん〜!一通り普通科目は終わった〜!!」
グイッと背伸びをする。ずっと座りっぱなしだったため、腰を伸ばすと気持ちがいい。
結局分からないところは全てゼロヒロにお願いして教えてもらった。お蔭様で今回も平均点以上は取れそうだ。
「はは、お疲れ」
ヒロがそんな私を見て、ふっと微笑む。私に教えていた時間もあっただろうにゼロとヒロも進みは順調だったらしく、終わらせたテキストが山積みになっていた。一体どこにこれだけの量を解く時間があったのか不思議でならない。精神と時の部屋でもないと無理だと思うんだけれどなぁ。
「二人ともありがとう。お陰でなんとかなりそうだよ」
「それなら何よりだ。僕も久々に数Ⅰの問題が解けて面白かった」
「そ、そう……」
久々に問題が解けて面白かった、だなんて私には到底口にする機会はないだろう。そんなに勉強好きだったんだゼロ……。
でも少しだけ気持ちは分かる気がする。解けると楽しいしスッキリする快感はそれでしか得られないものだ。
「じゃあそろそろお暇しようかな」
そう言いながら私はテキストや筆記用具をカバンに詰める。専門科目に関しては放課後に松田くんたちとやろう。
「そうだな、遅くなるのもヒロの家族にご迷惑だろうし」
「二人とも気にしなくていいのに。なんなら晩御飯一緒に食べていってほしいくらいなんだけれど。
でもまぁあまり遅くなると女の子一人で帰らせるわけにはいかないか」
「家近いからそれこそ気にしないでいいんだけれどね?」
しれっと女の子扱いされて、思わずブンブンと首を振る。こういう時ふと性別を意識させられると心臓に悪いなと思うのは私だけだろうか。
それに彼らの場合、例のストーカー事件の後からそこら辺やけに過保護になったのだ。いくら大丈夫だと告げても放課後はわざわざ駅まで迎えに来ては家まで送ってくれるし、こうやって休日に集まった時もゼロかヒロのどちらかはついてきてくれる。初めの方は心強いなと思っていたそれも日数が経つごとに申し訳なさが増してきているのだが、何を言っても聞いてくれない二人のことなので半分諦めている。それでも——。
「二人ともそこまで私のこと大事にしなくってもいいんだよ?」
ポツリと呟く。それは水に石が投げ入れられた時のように部屋中に妙に響き渡り、彼らの視線が私に集まる。
「私たちは幼馴染でずっと一緒にいるけれど、私に気を遣って送り迎えを毎日することはないし、気になる女の子がいたら付き合うべきだと思うの」

そうなのだ。ただでさえゼロとヒロは容姿端麗・成績優秀・運動神経抜群といった高スペック男子高校生なのである。たとえ男子高校に通っているとはいえどこからか聞きつけてきた他校の女子生徒が彼らに言い寄っていることは私も知っていた。中学まで一緒だった子たちの中でも諦めていない女子が猛烈アタックしているのも承知の事実で。
なのに二人は一向に恋人を作ろうとしない。
以前ふと「彼女欲しくないの?」と聞いたら、二人とも口を揃えて
「そんなの、お前 / 君がいるからいらない」
なんて言い張ったのだ。

私は彼らの重荷にはなりたくなかった。高校進学の時もそうだけれど二人は優しいから私も含めた三人での将来や行動を最優先してくれるけれど、私たちももう高校2年生なのだ。いつまでも三人揃ってなんていられない。
それに、私のせいで二人が選べる最善の策をいとも簡単に手放すのはもう見たくなかった。だってこの人たちトップ成績で優秀な高校に進学出来たのに、『男子校だからお前は通えないしランク落とした高校を第一志望にするよ』なんて言う様な男なのだ。私が女の子だからという、たったそれだけの理由でそんなことをしでかすような……。
その時本当に怖かった。嬉しかったんじゃなくて、ただただどうしようと思った。高校進学もそうだけれど今後人生において重要な選択肢を迫られたとき、この人たちは私の存在だけで選択をやめてしまうことがあるんだという事実に気づいたのだから。

ゼロもヒロも何も言わない。二人とも少し悲しそうで寂しそうな、まるで迷子のような顔を浮かべている。
でもそれも暫くすると何かを決めたような鋭い視線に変わった。そして彼らは一言。
「嫌だ / 嫌だね」
キッパリとそう言い切った。————いや、ちょっと待って。
「ええー……」
思い切って告げたのに、間を取っておいて拒否……しかも仲良くハモってましたよね、お二方!
「なんでさ!?」
「だってお前に気を遣っているわけではないし」
「何よりオレらが君を大事にしたいから大事にしているだけなんだよね」
「え、ええ〜……」
————気を遣っているわけではなく、ただ大事にしたいから大事にしているだけ。
それを聞いた私の顔はきっと真っ赤になっていると思う。ここまで言い張る彼らに対して呆れているはずなのに、バクバクと心臓がうるさいのは何故なのか。
「それに彼女なんか作ったらお前と会う頻度減るだろ?」
「なんなら面倒臭そうだよね」
「…………」
それでいいのか二人とも。
「まぁ、とにかく君はオレたちに大人しく大事にされていてほしいかな」
「うぐっ」
「欲を言うなら僕たちのことも大事に思っていてほしいものだが、これは今更だろ」
「ハイ、ソノトオリデスネ」
大事に思っていない訳がない。むしろ大事に思っているからこそのあの言葉だったのに!
「あ〜〜〜〜もう!!」

やっぱり私は幼馴染たちには敵わないらしい——。

***

一方その頃。
「なぁなぁ陣平ちゃん、なんでそんな一生懸命に電子回路のテキストやってんの?」
「いいだろ別に。テスト勉強なんだしよ」
「だからってさっきまでは電気基礎やっていたし専門教科ばかり……ってああ〜なるほどなぁ?」
「……んだよ。ニヤニヤしやがって気持ち悪ぃ」
「いーや?そういえばあの子ってそこらへんの専門教科の筆記試験苦手だったなぁ〜って思い出してさ?
いやぁ〜そっかそっか、陣平ちゃんあの子に教えるために一生懸命勉強を……」
「だぁ〜〜〜〜!!うるせぇ!!別にいいだろ俺が何の勉強してようが!!」
「ははっ、じんペーちゃん顔真っ赤〜」

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