潜入調査のはずが、いつの間にかデートになっていたのですが!? - 2/2

「それじゃ、行こうか?」
「はい!よろしくお願いします、もろ……景光さん!」

今日、私は彼氏と浴衣を着て夏祭りに来ていた。
……わけではないのがどこか悲しくて、私は小さく溜息をついた。
遡ること数日前。上司である諸伏さんに呼ばれるや否や
「オレと夏祭りに行かないか?」
と誘われたときにはそれはもう飛び上がるほど嬉しかった。夏祭りなんて何年ぶりなのか分からないし、しかも諸伏さんとだなんて!頑張って仕事をしていたからか神様がご褒美をくれたのではないかと本気で思うくらいには嬉しくてたまらなかったのだ。
────次の言葉を聞くまでは。
「よかった、潜入捜査だと聞いたときにはどうしようかと思ったけれど君がいれば安心だなっ」
「潜入……捜査……」
ですよね!分かってました!分かっていましたとも!!
目の前の上司は眩しいほどの笑顔を浮かべている。そりゃこんな男前からデートのお誘いなんておかしいはずだとさっきまでの浮ついた心はどこへやら、私は現実を見せられてコッソリと肩を落とす。
「それで、潜入捜査とは?」
「あ、ああ。それが薬物取引がその日そこで行われるらしくてな。それの摘発の為の操作ってことだ」
「なるほど」
確かに夏祭りとなれば人が大勢来る。その中で取引をすれば目立つことはない、と彼らは考えたのだろう。
「分かりました」
コクリと了承の意を込めて頷くと、諸伏さんは「頼んだよ」と満面の笑みで告げるのだった。

◇◇◇

「人、多いですね」
「そうだなぁ。転ばないように気をつけてな?」
そう言って握っていた手をさらに強くギュッとされる。それだけでドキリと心臓が跳ねるものだから困りものだ。
今回恋人として潜入なのだからと諸伏さんから手を繋ぐこと、名前で呼ぶことと言われていた。確かにそうでもしないと恋人として見られないだろうなとは思うけれど、その代わり私の心臓が保っていられるかの持久戦になってしまっている。
────カッコイイ。
ちらりと隣を歩く諸伏さんを伺う。黒のシンプルな浴衣は彼にとっても似合っていて、一層かっこよさに磨きがかかっている。現にすれ違う女性が何人か熱を帯びた視線を向けているので、破壊力は抜群なのだろう。
「こんなに人多いとターゲット見つけるの難しそうですね……」
なんとか気持ちを逸らそうと任務の話を出してみる。すると彼はふっと笑って。
「そうだ、君は今日任務のことを考えるのをやめていいよ」
「え?」
とんでもないことを言い出した。そんな馬鹿な?なんで?
「オレが見ているし、君が夏祭りを満喫していたほうがターゲットに気づかれにくいだろう?」
「なるほど……」
それは一理ありそうだ。諸伏さんならヘマはしないだろうし、下手に私が手伝うよりは余程頼りになる。
「だからさ、ほら、金魚すくいしよう!」

────どうしてだろう。
諸伏さんの方がはしゃいでいるように私には見えて仕方がないのですが!!

◇◇◇

「…………なんだか随分と満喫しちゃってるんですが」
私ではなく、諸伏さんが。
そう、あれから金魚すくいをし、水風船を釣り、ダーツでお菓子を手に入れ、お面を買い……とこれほどまでか!ってくらい私たちは夏祭りを楽しんでいた。
というのも、屋台を見つけるたびに諸伏さんが「あれなんだろう!?」と飛びついて「面白そうだからやろう!」と私を誘うのだ。
私としては楽しそうにはしゃぐ諸伏さんを見るだけで嬉しいし、眼福だし、もっと楽しんでほしいと思うのだけれど、これ潜入捜査だったよね……と思わずにはいられない。
「えっと、も……景光さん?そんなに楽しんで大丈夫なんですか?」
「ん?ああ、大丈夫」
本当に!?本当に大丈夫なんですかそれで!?
流石に仕事しないとと私が周囲を見ようとしたとき
「ねぇ、今の彼氏はオレでしょ。オレを見てよ」
「ふぁ!?」
耳元でそう囁かれて反射的に振り返る。やめて心臓バクバクするから!もうしてるから!
「顔真っ赤」
「だ、誰のせいだと!?」
自身の声の良さを自覚したほうがいいと思うよこの上司!すると諸伏さんは笑うと
「オレのせいだろ?」
なんて嬉しそうに言うものだから、本当に勘弁してほしい。
「でもまぁ折角だし、羽根伸ばさない?ゼロに叱られたときはその時ってことで。オレは君に楽しんでほしいんだけどな」
そんなこと言われてしまったらもう何も言えないではないか。
「〜〜〜〜〜っ分かりました!もう知りませんからね!!」
諸伏さんがいいって言ったんだ!私も楽しんでやる!
……半ばただのヤケだけれど。
「ほら景光さん!射的!射的がありますよ!」
グイグイと彼の手を引っ張る。夏祭りと言ったらこれというくらい定番だ。
「射的か……面白そうだな」
そう言いながら彼は店番の人に2人分の料金を払い、コルク弾と銃を受け取る。なんだかんだノリノリだ。やっぱりスナイパーをしているからだろうか?
「欲しいものとかある?」
「そうですね……あっ」
景品の棚を見ていくと、黒のテディベアとピンクのテディベアに目が惹かれた。
いいなぁあれ。今日の記念に、なんて言ったら諸伏さんに迷惑かもしれないけれど。
「ん?なんだ、クマがほしいのか?」
「あ、はい。ペアでかわいいなぁと思いまして」
真っ直ぐな目で見つめられて思わず頷いてしまう。すると
「任せて」
一言告げると彼が銃を構えた。一気に空気が変わり、真剣さを帯びていく。
一点を狙う諸伏さんはもう文句の付け所がないくらいカッコよくてイケメンで、目が離せない。
バンっと弾が飛んでいく。それは一直線にピンクのテディベアに向かっていき……キレイに景品が落ちた。
「わあ!すごい!!」
抱きつきそうになるのを必死で堪える。でもそれくらい興奮していた。
店番のおっちゃんからクマを受け取った諸伏さんは、私に視線を戻すとふと笑った。
「次、君の番でしょ?」
「そうなんですけど……」
どうしよう、取れる気がしない。
拳銃は使えるけれど、こういったサイズの銃には正直自信がなかった。最後に射的をしたのももう何年もの前の話だし。
でも弱音を吐いてはいられない。黒のテディベアのため頑張るんだ私!
心を奮い立たせ、銃を構える……と。
「姿勢はこっちのほうがいい」
「えっちょっ!?」
なんと後ろから抱きしめられる形で諸伏さんが教えてくれだしたのだ!耳元で囁かれる形になるわ、吐息がかかるわで諸伏さんが何を言っているのか半分以上理解が出来ない。
「それで、照準をここに定めて……」
ええい!どうにでもなれ!
私は色んなものから振り切るように思い切り引き金を引く。
パアン!といい音がした次の瞬間、黒のテディベアがコトリと下に落ちるのが見えた。
「えっ、とれ、た?」
てっきり外れるものかと思ってたのに!
「ははっよかったな」
「……景光さん、すごすぎません?」
よくあの状態で誘導できましたね……?自分で撃つのとはまた感覚が違うだろうにそれをやってのけた上司がとてつもなく輝いて見えた時。
「っ!景光さん!」
「!?」
私達の視線の先に、ターゲットの男がいた。しかも最悪なことに女の子に刃物を突きつけた状態で。
「くっ……」
幸い私たちに背を向けているため、こちらに気づいている様子はない。何かを叫んでいるが、酔いが入っているのか聞き取りが困難だ。
どうしたものか。下手に動いて女の子に被害を加えるわけには行かない。
すると
「銃貸して。あとこれ持ってて」
「え」
私の手から銃を取り、代わりに先程諸伏さんが取ったピンクのテディベアを渡される。
そしてそのまま彼は銃を構えて────撃った。
「痛っ!!」
そのコルク弾は刃物を持っていた手にヒットし、ターゲットが刃物を落とす。その隙に諸伏さんは駆け出し、あっという間に捉えてしまった。
「コルク弾って、そんなに威力ありましたっけ?」
……この状況でこのツッコミは野暮だろうなと思ったけれど、私は呟かずにいられなかった。

◇◇◇

「ってあの!後始末はいいんですか!?」
ターゲットを拘束し、控えていた風見さんたちに引き渡すと諸伏さんは何事もなかったかのように私の腕を引いてお祭りの場へと戻っていた。
本当ならこれから事情聴取とか色々としないといけないので夏祭りを楽しんでいる暇などないはずなのだが……。
「ああ、それなら風見さんたちに任せてきたから大丈夫」
「大丈夫なんですかそれ……」
何事もないかのように言い放つ諸伏さん。あぁ風見さんごめんなさい。今度チョコレート差し入れしますね……それとも胃薬の方がいいですか?
「それよりも、ほら」
「え?」
スッと手を差し出される。
「クマ、ピンクのは君にあげるから、君が取った黒い方くれない?」
「え、欲しかったんですか?」
それはちょっと意外というか……諸伏さんは可愛らしいところがあるとはいえ、テディベアを欲しがるとは想定外だ。
でも彼のおかげで取れたようなものなので拒否する理由などない。なのでスッと黒のテディを渡すと、彼は大事そうにそれを抱えた。
「まぁな。だって君とお揃いだろ?」
「!?」
ちょっっっと待って?今、なんておっしゃいました?お揃い……お揃いって言いました!?
「ほら」
そしてその流れで手を差し出される。
……あれ?もう潜入捜査の必要がないのに手を差し出されてる?なんで?そう思い首を傾げると
「手、繋がないのか?」
「……え?」
逆に首を傾げられてしまった。何故?
そうしたら彼は少し寂しそうに眉を下げる。
「オレは君と繋ぎたいんだけど、もしかして嫌とか?」
「嫌なわけ無いです!!」
むしろ大歓迎だ。慌てて手を合わせるとギュッと大きな手で握られた。
でもさっきから思考が追いついてこない。テディベアを欲しがると思ったら理由はお揃いだからと言われ、手を繋ぎたいと言われ……これは一体どういうことなのだろうか?誰か有識者さん教えてくれないだろうか??
「えっと、どこへ行くんですか?」
手を引かれて歩いているのは屋台から少し離れた静かなところだ。帰り道でもないしなぁと疑問に思い諸伏さんに問いかけるも
「ん?秘密の場所」
それしか教えてくれない。秘密の場所ってなんだろう?
ズンズンと進んでいく。途中草をかき分けたりしたのでちょっとした冒険みたいだ。
やがて着いたのは、街が一望できる高台だった。
「うわぁ!キレイ」
「だろう?でもこれからが本番だよ?」
「え……」
そう諸伏さんが言った瞬間

ヒュルルルルル

パアン!

「わあああ!」
夜空に大きな花が咲いた。そうか花火大会もあるんったっけ。
「ここだと二人で独占しているみたいでしょ?」
「はい……」
なんだかすごい贅沢だ。好きな人と二人きりで花火を独占だなんて。
「ねぇ」
「なんですか……ってうわぁ!?」
ぐいっと繋がれたままの手が引かれて、バランスを崩してしまう。その勢いでなのか繋がれていた手は離れ、代わりに腕が後頭部に回されていた。
「もろふし、さん?」
「景光って呼んで?」
「ひ、景光、さん……」
顔が近い。鼻が触れ合いそうなくらいで、言わずもがな心臓がドキドキする。
「本当に可愛いよな、君は」
「え……」
「今日の浴衣も素敵だし、やっぱり誘ってよかった。まさか本当にターゲットを拘束するとは思わなかったけれど」
私は目を瞬かせた。
可愛い、素敵だなんて嬉しいし、照れてしまう。それだけならば顔を真っ赤にするだけで済んだんだけれど……
「ターゲットを拘束するつもり無かったんですか?」
どうしてもそこが引っかかってしまった。だってターゲットを狙うために私たちは恋人として振る舞っていたわけなのだから、意味が分からない。
「まぁ出来たらしたかったけれど、風見さんたちに任せていたからなぁ。ゼロに頼んだんだよ。君と二人でデートしたいから何とかならないかって」
「…………はい?」
降谷さんに頼んだ?デートしたいって?私と?
ちょっと待ってほしい。さっきから話についていけてないんだけれど……
「だって好きな子とデートしたいだろ?」
あの、待って。お願いだから待って。
「もう、分かるだろ?オレの好きな子」
このままじゃ自惚れちゃうから待って。

「……君なんだよ。君が、好きなんだ

─────オレと付き合ってくれないか?」

その時、パアンと音を立てて夜空にハートマークの花が咲いた。

◇◇◇

おまけ

「風見、ヒロたちの様子はどうだ?」
「それが……諸伏さん潜入捜査の間ずっとインカム切ってまして……」
「何してんだヒロ……」
「でも今回の潜入、指示したのは降谷さんだと伺いましたが」
「……たんだ」
「え?」
「ヒロに強行されたんだよ……あいつとデートしたいんだってな……止めたんだが無駄だった……」
「なるほど……お疲れ様です」

この潜入捜査の裏で胃と頭を痛めている上司二人がいたとか。
尚、後日その二人から
「まぁ、なんだ、頑張ってくれ……」
と肩を叩かれることになるなんて、この時の私は知る由もなかった────。

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