降谷さんの妻なのにポアロで告白されたんですが。 - 2/3

「先輩、好きです。付き合ってください……っ!」
「……え゛」

とある昼下がり。私は職場の後輩くんに誘われて馴染みの喫茶店に来ていた。本当は午後から休みを取っているのですぐ帰ろうとしたのだが、折角の後輩の頼みだしなぁとランチの誘いに乗ることにしたのだ。
最近の仕事のこととか、趣味のこととか話しながらここの名物であるハムサンドを頬張っていたところ、それを手から落としてしまいそうなくらい衝撃な言葉が目の前の男性から発せられる。
「だから俺と付き合って……」
「いやいや待って待ってストップストップ!」
慌てて彼の言葉を止める。大丈夫、君のさっきの発言は聞こえているからそれ以上言わないで!
遅いランチだったからか店内には私と後輩くん、それと店員さんが二人の計四人。他のお客さんがいないのはよかったものの、それ以上に最悪な状態に陥っていることを彼は分かっていないだろう。

さて、私がなぜこんなにテンパっているのかを説明しようと思う。
まず一つ目。これが一番の要因だが、私は既婚者だ。ちゃんと左手の薬指に指輪をしているし、職場でも旦那の話題を出すことがあるから周知の事実であるはずなのに、どうしてそんな私に告白してきたのかサッパリ理解できない。
次に二つ目。私の旦那は降谷零だ。警察の公安に所属していて、詳しい仕事内容は妻である私にも伏せられてはいるが、いつも多忙を極めている。それでも仕事にかける情熱を知っているし、一緒に過ごせる時間を工面してくれるし、そういう面も大好きなので私は全く彼に不満はない。むしろ仲の良さはずっと健在だと自負している。
……え、なんで降谷零が旦那であることに対してテンパっているかって?それは三つ目の理由に関係してくるからだ。
そう、その三つ目とは。
「何故ここで!?」
ハムサンドでお気づきの方もいらっしゃるだろう。馴染みの喫茶店とはズバリ、ポアロなのである!
そして今いる二人の店員の内、一人は何を隠そう降谷零が扮している安室透なのだ!
「…………」
痛い、すごく痛い。具体的に言うと私の胃と、頭と、そこのカウンターにいる金髪の男性から向けられている視線が。ぶっちゃけ泣きたい。私のせいじゃないのに……。
それを振り払うように首をブンブンと振り、目の前の後輩くんに目線を戻す。まずはどういうことなのか話を聞くのが先決だ。
「えっと……私、既婚者だって知ってるよね?」
「はい、まぁ」
「……じゃあ何故告白を?まさかの愛人枠とか?」
先に言っておくと、愛人なんて作る気はサラサラない。さっきも言ったように私は旦那に不満はないし、むしろ旦那がいるのに何故他の男性と関係を持たないといけないのか分からない。あと純粋に不倫は嫌いだ。
「いえ、別れるまで待ちます」
バリン!!
私が何か言う前にカウンターの方からすごい音が聞こえてきた。『きゃあ!安室さん大丈夫ですか!?』って梓さんの悲鳴付きで。チラリとそちらに視線を向けると、旦那の手の中でグラスがぐちゃぐちゃになっていた。グラスって握りつぶせるものなの!?あと旦那さん顔怖い!今にも後輩に向かって殴りかかりそうな表情している。
しかし、私と安室さんは店員さんとお客さんの関係でないといけない。つまり今出来ることは彼を梓さんにお願いして、可及的速やかにこの場を何とかすることだ。
「いや、そもそも別れないからね?」
再度後輩の目を真っ直ぐに見て否定をする。一体どうしてこの人の中では私は別れる前提なのか教えて欲しいような、そうでもないような。
「だって先輩ってあまり旦那さんのこと惚気たりしないですし、仲良くないのかと」
「えぇ〜……」
ごめん、それは惚気るのが苦手なだけです。あとそんな職場で旦那との惚気を話すべきではないでしょうよ……。何だこいつってみんな思うでしょうよ……。えっこれ私の価値観がおかしいの?
「それにあまり幸せそうに見えなかったというか……」
「まぁ、仕事とプライベートで切り替えてるからね?」
浮かれたまま仕事したらどこかでミスしそうだし、仕事中にスマホの通知とか気になってしまいそうだ。それは非常にまずいので基本切り替えをしっかりしているのだ私は。もちろん、現在ものすごく幸せなので彼の見当違いである。
「つまり、私はお断りするしかないのだけれど」
「そんな……っ!自分で言うのもなんですが俺そこそこ顔いい方ですし、仕事も出来ますし、料理含め家事全般出来ますし、先輩もご存じでしょうが稼ぎもいいです!貴方の隣に立つだけの資格は十分満たし——」
「ホォー、そんなにご自身に自信があるんですね」
「ヒェ」
小さく声を上げてしまったのは許してほしい。私の背後からすごく聞き覚えのある、でも聞いたこともない地を這うような低い声で旦那が会話に参加してきたのだから。
「そうなんですよ、店員さん。俺これでも自信家で」
そして何故後輩くんは彼に対して普通に返事出来るのだろう……。ああ、そういえばこの子人の機嫌を伺うのが苦手だったんだっけ。
「なるほど。所詮、井の中の蛙大海を知らずってやつですか」
「は?」
うわあああん!旦那は、安室さんスマイルはどこへ行ったのって顔をしているに違いない。怖くて振り向けないけれど。後輩くんもそこでようやく気づいたらしく表情が厳しくなる。私を挟んで火花を散らさないで欲しい!
「知ってます?この方の旦那さんは見目麗しく、公務員でしかも優秀な立ち位置に所属していましてね。手料理もプロ並みと評されているほど美味なんだそうです。それにその人の稼ぎを超えられる人なんて一般社会人にはいないでしょうね」
「………………」
あの、旦那さん。全て事実なのは認めますが、それを本人が言いますか?
いやまぁここでは私の旦那と貴方は他人ですし、自覚がないとやっていけないことだってあるかもしれませんが、それでもあの……恥ずかしくないんですか?
とは流石に口に出せず、とりあえず黙っておく。突っ込んだら負けだ。突っ込んだらお仕舞いだ。
「ねっそうですよね?」
なのになんで同意を求めてくるかなぁ!……いや、そっか。私が同意しないと話が進まないのかこれ。
「はい!本当安室さんの仰る通りなんですよ!学生時代の頃から大層モテていたらしいですし、成績も優秀だし、料理もお休みの日には振る舞ってくれちゃうんです。私、彼の料理が大好きで胃袋ガッツリ掴まれちゃいましたよ〜!」
……なにこれ照れる。
すごいな、世の中の女性。どうしてあんなにしれっと惚気話が出来るの?
「…………」
ほらぁ!後輩くんが目を真ん丸にして口をあんぐり開けちゃってるじゃないですか!
あああ〜〜〜嫌だぁ。自己防衛と旦那防衛のためとはいえ恥ずかしすぎる。穴があったら入りたい。なんなら今すぐ穴を掘りたい。ここ店内だから無理だけれど。
「ほら。本人もそう仰ってますし、ここは潔く身を引いては?これじゃいくら待っていても君にはチャンスは巡ってきませんよ」
「う、うぐっ……すいません、先輩。俺仕事戻ります!」
「えっちょっ」
この雰囲気のまま滞在するのは堪えたのだろう。そう言うや否や後輩は伝票を持って席を離れてしまった。
「…………はぁ」
何はともあれ一件落着。今日このまま帰宅できることがとてつもなくありがたい。この気持ちのまま会社に戻って彼と顔を合わせる度胸は私にはなかった。
「ふふっお疲れ様でした」
旦那……ではなく安室さんが私の前に来てニッコリと笑顔を浮かべている。よかった、あむぴスマイル?が出ているのならばこちらの心配もしなくていいだろう。一次はどうなるかと思ったけれど、案外なんとかなるものだ。被害といえばお店のグラスが一個割られたくらいだろう。それは申し訳がないのでその分ここの売上に貢献したい所存だ。
「はい、ありがとうございました安室さん。その、手は大丈夫ですか?」
グラスを握りしめて割ったのだ。怪我してないだろうか?
さっきは聞けなかったことを聞いてみると、彼はヒラリと手を振った。
「大丈夫ですよ。ほら、傷一つないでしょう?」
「……それならよかったです」
本当に傷一つないのがありえないのに、見せてもらった手には何もない。嘘でしょ。
そういえば昔、「降谷はゴリラだから」って言ってた人がいたなぁ。なるほど、ゴリラってこういうこと……。
それで納得していいのかは定かでは無いけれど、何もないのなら心配する必要もあるまい。もし上手く隠されていたのしたら……それは悲しいけれど、でも降谷さんの意志を尊重して気づかないふりをしよう。
「すいません、お騒がせしちゃって。貴方にも嫌な思いさせちゃいましたし」
言葉裏に降谷さんにも謝罪する。すると彼はそれに気づいたのかふっと笑い
「大丈夫ですよ。とりあえずここは穏便に済ませることができましたし」
と頷いてくれた。
よかった、本当に。もしこれで怒らせていたとしたら後々が怖いことになっていたけれど、そんな事はないらしい。まぁこれで怒られても私に否はないと主張させて頂きたいのだけれど。
そう考えながらも、心から安堵した私はもう氷の残っていないアイスティーを口に含む。うん、美味しい。
珈琲だけでなく、紅茶の淹れ方も工夫してるんですか?と安室さんに話題を振ろうとした時だった。

「法的に縛ったのなら安心だと思ってましたが、まさかそれでも告白されるなんて……これは何かしらの手を打つべきですね?」
「ヒェ……」
「仕事を辞めてもらうとか、盗聴するとか……他に何があると思います?」
「さ、さぁ?」

前言撤回。
私の旦那様は大層お怒りでした⸺⸺⸺⸺。

 

 

「なぁ風見。合法的に嫁を監禁する方法って何か思いつかないか?」
「…………何言ってるんですか、降谷さん。お願いですから法に触れることは止めてください」
「これこそ公安お得意の違法作業でなんとかならないか?」
「なるわけないでしょう!?」

 

✽旦那の前で告白された降谷零の嫁
え、既婚者って告白されるんです?しかも愛人枠ではなく旦那と別れるの前提で?チョットリカイデキナイ……
他の場所で告白されていたらまだしも、ポアロで、しかも安室透の目の前でやられたので胃が痛かったし、汗もすごかった。後輩くん、何してくれる……。
旦那さんのことは大好き。すごく幸せ。ただ表に出して幸せですオーラを出すのに抵抗があるだけ。
その日の夜、自由を奪われそうになって必死に抗う未来が待っている……。

✽目の前で嫁が告白されていた旦那
殺ろうかと思った。でも自分は今は安室透であって彼女の旦那ではないからとなんとか抑えていた。でもグラスは一個割るし、結局突撃した。
法で裁けないのが悔しい。民事訴訟を起こそうか割と考えたりもしたが、とりあえず追い払うことに成功したのでホッとしている。
まさか法的にも自分のものである嫁が奪われかけるなんて思っても見なくて、これは本格的に対策するしかないのではと真面目に考え出す。一先ず会社は辞めてもらうか、テレワークに切り替えてもらおう。

✽急に上司からとんでもないことを聞かれた部下
寝てください……えっ寝不足じゃないんですか?えっあれ本気の発言ですか?でもお願いですから実行しないでくださいね……?(胃薬を準備)

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