じゃあ俺のために生きてよ - 2/2

 

「なんでそんなこと言うの……?」

数日ぶりに目が覚めた私の目の前で男性が急に泣きだしてしまった。

……

…………

………………

……………………いや、なんで?

***

「……まだ人生の半分も生きてないとか地獄なのでは?」
なんの気もなしに不意に自分の年齢を見て私はため息をつく。実感としてはもう人生折り返し地点なのだが、平均寿命を考えるとまだ4分の1くらいの長さしか生きていないことに絶望を感じる。
今後どうやって生きていけばいいんだろう、と考えると泣きたくもなった。仕事はしているがこのままずっと働くだけ働いて、趣味をたまにして……という考えただけで楽しくないなぁという人生をあと60年は短くても続けねばならぬのか。

神様は私のことが嫌いなのか、と言うくらい20数年の人生は波乱万丈だった。
生まれて気づいたら親戚一同に虐められ、保育園で同級生に虐められ、小学生になると教員や上級生にまで広がり、それが中学卒業まで続いた。
心機一転とばかりに少し遠目の高校に通ってみれば虐められはしなかったものの今度は何故か同級生や教員からストーカー紛いのことを食らうことになった。
大学生活はそれらと比べると順調に進んではいたが、私の唯一の心のオアシスだった祖父母が同時に亡くなってしまうという大事件が発生したのだ。

と、まぁ楽しいこともあったはずの人生、苦しいことや辛いことのほうが心に残るとは言えど、ここまでとはなぁ……なんて達観してしまうのも我ながら仕方がないと思う。
『死にたいなぁ〜』なんて思うのはもうデフォルトで、逆に『生きたい』と思えなくなってしまっているのも傍から見れば相当マズイ精神状態なんだろうが、これでもう10年以上は生きているのだから誰か褒めてくれてもいいと思う。

(まぁ、自殺行為が出来ないだけなんだけどね……)

誰にも迷惑をかけたくない。というある種の正義感からか、はたまたただのヘタレなのか……私には自殺をすることが出来なかった。考えたこと? そんなのは山のようにある。

つまり私が今生きているのは、『死ねないので惰性で』という、なんとも笑えない理由だった。

***

「えっと〜、これは……夢、なのかな?」
ところ変わって、私の住んでいるマンション内。
そして目の前には何故だか爆弾らしきものが鎮座している。
「本当にあるんだ……アニメとかドラマとかだけの話かと思ってた」
タイマーの表示盤や色とりどりのコード、そして基盤。すごい、実物は初めて見る! なんてまるで他人事のように捉えてしまう。
「とりあえず通報だよね?」
懐からスマホを出し、110番。この番号にかけるのは高校以来だ。
「すいません、なんか爆弾みたいなのが目の前にあるんですけど──」

ここからはてんやわんやだった。
すぐに警察がやってきて、爆弾の確認をした後、マンション住人やその周辺に避難勧告を出される。
第一発見者になってしまった私は『どうやって見つけたのか』『何していたのか』と所謂事情聴取をされたが、「後で詳しく聞くから君も避難しなさい」とその場から一時的に解放され、それならとマンションを出ようと階段へと向かった。

しかし、階段を降りようとした私はそこから足が動かなかった。
逃げないといけないのは分かっている。理解しているし、納得もしている。でも。
「……もう、いいんじゃないかなぁ」
自分でも驚くくらいの小さな、諦めるようでいてどこか安堵したようにすら聞こえた声。
そうだ、ここから離れなかったら私は爆発に巻き込まれて死ぬことができる。しかも誰かに迷惑をかけることなく、爆弾で。
私がいようがいまいが爆弾犯は極刑だろうし、死にたいなぁなんてずっと、本当にずっと心の底にあった私にとっては絶好のチャンスなのだ。

その場に座り込む。もう逃げようという気持ちはどこにもなかった。
「ああ、これでやっと死ねる……もう苦しい思いをしないでいいんだ」
そっと一筋、涙が流れた────

「っなんで女性がここに!?」
「……え」
急に聞き慣れない声がして顔を上げると、そこには髪の長い男性が、驚いたような表情でこちらを見ていた。
「どちら様? 今はここから離れないと危ないですよ?」
「ちゃんと避難勧告出てること知ってるし!?」
まぁ通報したの私ですから。とも言えず首を傾げる。同じ自殺死亡者なのだろうか。それにしては明るいというか、そんな雰囲気は感じられないが……
(いや、私もそうだけどこういう人って他人から見たら普通に見られるか)
私だって別に普段から暗い性格ではない。むしろ明るくて元気でコミュニケーション能力が高めだと評されることが多いのだ。余談だがこれは高校進学する際に虐められたくないなぁという一心で性格を改めた結果である。

「え、いやいやいや? ちょっとお姉さん、ここから離れないと死んじゃうって分かってるんだよね? なんで逃げないの!?」
「そんなこと言われても。お兄さんだって今ここにいるじゃないですか」
今更何を、と云うような顔を浮かべてみせると、彼は
「俺はいいの! 爆弾処理のために来てるんだから!」
と、私にとっては聞き捨てならない言葉を吐いた。
「…………うそん」
「本当だから!」
「あ、ごめんなさい疑ったわけではなくて……あの、本当に解体しちゃうんです?」
おずおずと確認してみれば、お兄さんは顔を顰めて「当たり前だろ」とハッキリ言い切る。
「そっかぁ……うん、そうかぁ……」
よくよく考えたら至極当然のことだ。こんな危険物放置するはずがない。
「だからタイマーは止まってるとしてもお姉さんがここにいるのはマズいんだよ?」
分かる?とまるで子供に言い聞かせるみたいに言われてしまう。

「分かりますよ。ちゃんと理解しています
……その上で私はここにいるんです。なので私のことは放っておいてお兄さんはお仕事してくれれば」
見知らぬ女性相手にここまで親切に話してくれるとはいいお兄さんだ。爆弾処理を専門としているのなら万が一爆弾がドカンしてもこの人は死にはしないだろうし、私がここを離れる理由にはなりそうにない。
じっと彼を見つめていれば、お兄さんは「ええ……」と困惑した顔で、しかしそこから動こうとはしなかった。
「あの……お兄さん? お仕事しないと……」
「……うん。そうだね、仕事するか。その前にっと!」
「え」
私の横を通り過ぎていくんだろうなぁ〜と思っていた次の瞬間、ふわりと身体が持ち上げられる感覚が私を襲う!
(え、な、何事!?)
「避難する気がないのはよく分かったから、お姉さんを下まで届けてから仕事することにするよ。しっかり捕まっていてね?」
「あの、なんで、いやそんな、いいですから!?」
まさか抱きかかえられて階段を降りることになるとは……!
「大丈夫ですから!私のことなんか気にしないでください!」
身体や視界が上下に揺れる。だんだん地上へ降りていくのが分かる。
「嫌です!もういいですから!下ろしてください!」
どれだけ抗議の声を上げてもお兄さんは反応してくれない。むしろ腕の力が強くなっている気がする。
「お願いですから!私なんて昔からこの世にいてもいなくてもどっちでもいい存在なんですから!!」
トンッと静かにお兄さんが地面に足をつける。ああ、マンション出ちゃった。折角のチャンスだったのに。

そしてその瞬間、まるで見ていたかのようにマンションがドカーンと爆発するのだった────

***

そこからの記憶はない。
目が覚めたら知らない天井がそこにはあって、起き上がるとベッドの隣の椅子に座っていたお兄さんが安堵したような表情を浮かべていた。
「よかった、目が覚めたんだね!」
「……どうして?」
第一声それでいいのか私。と思わないでもなかったが、純粋な疑問なので許してほしい。
「それは何に対して?」
何に対して、とはどういうことかと首を傾げる。私は貴方がどうしてここにいるのかという意味で言ったのだが、別の意味として捉えられる言葉だっただろうか。
そんな私の疑問に気づいてくれたのか、お兄さんは「ん〜」と少し悩んだ後、
「君がここにいる理由、俺がここにいる理由、あの日俺が君を助けた理由……選択肢としてはこれくらいあるけれど」
と考えゆる限りの事を上げてくれた。ああ、なるほど。確かにどれも気になる。
「……じゃあ全部の意味ってことで……」
「うん、分かった。その前にナースコール押すけどいいよね?」
「あ、はい。お願いします」
ニコニコと人懐っこい笑みを浮かべてナースコールを押すお兄さんを見て、この人モテるんだろうなぁと割とどうでもいいことを考える。それと同時に
(やっぱり神様は私のこと嫌いなんですかね……?)
折角のチャンスを逃してしまったことにガックリと肩を落とすのだった。

それから医者が来て、軽い診察と会話を済ませる。
お医者さんいわく、爆発のあった後私は気を失ったらしく、2日ほど目を覚まさなかったらしい。身体的ダメージはほとんど見られなかった為精神的な影響だろうと診断されていた。
その為か、私が起床してから診察してもやはり何事もなかったらしく落ち着いたら退院で問題ないとのことだ。
病院食を頂いてお腹も満たされたところでお兄さんが話し出した。

「まずは自己紹介からね。俺は萩原研二。警視庁の爆発物処理班に所属してるんだ」
「萩原さんとおっしゃるんですね。その、助けていただきありがとうございました」
ペコリと頭を下げる。理由はどうあれ、私も気持ちもどうあれ、客観的事実としては爆発から助けてもらった恩人に値するのだ。お礼はしっかり告げておかなければなるまい。私の気持ちはともかく。
「いいのいいの、それが俺らの仕事でもあるしね。
……でも君、助かりたくなかったでしょ?」
「……………」
スッと萩原さんから視線を逸らす。あの時あんな台詞を聞かれているのだ。今更繕ったところで意味ないだろう。
(うーん、こんな時どういう対応をするのが正解なんだろう?)
そもそも萩原さんは何故未だに私のそばにいるのだろうか。事情聴取とか? そういえば爆弾の犯人って捕まったのだろうか。もし捕まってなかったら私が疑われているとか……うん、あり得そう。
だとすると、萩原さんが求めている私からの返答は『私があの場で自殺しようとしていたかどうか』ではなく『私が犯人かどうか』ということになる。
「その、私あの爆弾に関しては知らないですよ? たまたま見つけちゃっただけで爆弾犯ではないですから」
努めて明るく笑顔で言葉を紡ぐ。まわりくどいのはあまり好きじゃなかった。オブラートに包んだり、前置詞をつけたり、そういう話術は大事だと思うが、結論は初めに言っておくべきだろう。そっちの方が誤解を招きにくいし、相手の時間を無駄に取らせることもない。
「俺が聞きたいのはそこじゃないんだけど」
「え、そうなんですか?」
キッパリと萩原さんに言い切られてしまい、思わずポカンとしてしまう。その私の表情に何を思ったのか彼はハァ、とため息を吐くと真っ直ぐに視線を合わせてきて、
「君、死ぬ気だったでしょ」
まるで冗談を許さないかのような声でそう問われた。

「…………まぁ、そう、ですね」
暫しの沈黙の後、折れたのは私だった。
繕うのは意味ないとはいえ、肯定するのもそれはそれで勇気がいるものだ。それが世間一般的に良くないことだと言われていることならば尚のこと。
「どうして?」
少し悲しそうな声で再度質問を投げかけられる。
もういいや。死ぬ気だったって言ってしまった以上、適当にやり過ごす気も起きなくて私は口を開く。
「自分は、いてもいなくても影響のない存在だからです。誰かに大事にされているわけでもないし、私がいなくなっても他に代わりがいる仕事をしているし、友人も私がいなくたってすぐ代わりの人が見つかります。家族に関しても私より優秀な兄弟がいるので私一人いなくなったって変わらないでしょう。むしろ面倒ごとが減っていいんじゃないかなって思いますし。
それに、もう疲れたんです。生きていても苦しいことや辛いことは減らないし、もうこれ以上私は傷つきたくありません。それならば死ぬしかないでしょう? 生きる意味もないですし」
本音だった。紛れもない私の本音。
小学生の頃には多少なりとも考えていて、それでも他人に言うことのなかった私という人間の心の底からの願望。
なのに萩原さんにそれを話したのは助けてもらったからなのか、はたまた誰かに話したかったのか、そこまで深い付き合いじゃないし今後関わることはない相手だからか。

「なんで」
「え?」
「なんでそんなこと言うの……?」

小さい声でそう言われ、視線を送ると彼は泣きそうな目でこちらを見ていた。
しまった、誰だってこんな話をされたら少なくともそんな反応をするのは想像に容易いのに。余計なことを話すんじゃなかったと後悔してももう遅い。
「そんな顔しないでくださいよ、萩原さん」
ニコッと笑って、なんてことない話だって笑ってみせる。騙されなくても構わない。ただあまりに悲しそうな顔はやめてほしい。他人である私に気持ちを割かなくたっていいのだ。
なのに、萩原さんの表情は一向に曇ったままで。
「あの、萩原さ……」
「うっ」
「……へ」
終いには涙を流されてしまった。
「な、なんで泣くんですか!?」
流石に泣かれてしまうとは思わなかった。というか涙は勘弁して!?
「だ、だってそんなことを考えるくらい苦しい思いをしたんだなって……」
「私にとってはそうかもしれませんけれど、他人からしたらしょうもないことかもしれませんよ?」
現に私は身体的虐めは受けたことがない。全部ことごとく精神的虐めだったからだ。どちらが苦しいか等と比べる気は毛頭ないが、それでも自分はまだマシだったんじゃないかなと思ってしまう。
「それでも、君は死にたいって、生きることに疲れたって思っているでしょ」
「それはそうですけれど……でも考えを変えようにも、もうどうにもなりませんし」
助けてくれる人や、この人・この物のために生きたいと思えるような何かがひょっこりと出来れば話は違うかもしれない。しかし唯一そう思えた祖父母はもう他界してしまっているし、今の私には恋人はいない。いざという時にHELPを出せる人もいない。
————あれ、なんだろうこの絶望感。やっぱり死ぬしかなかったのでは?
「で、ですから! 私のことはどうかお気になさらず!! 今までこんなんでも生きてこられたので今後もなんとかなりますから!!」
……多分。
しかしここまで明るく言ってみても萩原さんの顔は変わらない。ここまで他人のことを想って泣いてくれるなんて本当に優しい人なんだなぁと思わずにはいられない。でもいい加減笑ってほしい。そんなしんみりした顔はイケメンには似合わないのだから。
「……うん、分かった」
あっ、やっと笑ってくれた。うんうん、やっぱり男前には笑顔が似合うと思います。
萩原さんはその場にスッと立ち上がり、私を見下ろす形で視線を合わせてくる。
(今更だけれど身長高いなぁ……)
顔もいい方だと思うし、モデルとかでも充分にやっていけそうだ。本当なんでこんな人にあんな顔をさせてしまったのだろう私は、なんて後悔の念に再度苛まれる。
さぁさぁ、分かってくださったのなら私のことは放っておいてそのまま踵を返してもらえると。あわよくば今日話した事は綺麗さっぱり、なんなら私の存在ごと脳内の記録媒体から削除しておいてもらえると助かります。
「本当はもう少しゆっくりと。って思っていたんだけれど」
「……ん?」
あれ、なんだろう。ちょっと雲行きが怪しいような?
クルッと扉の方へと身体を向けるだろうなと想定していた萩原さんの足は何故か動こうとはせず、代わりに腕がこちらへと伸ばされ、頭を撫でられる。
「あっ」
(温かい……)
いつぶりだろう、他人から頭を撫でてもらうことなんて最後にしてもらったのはもう遠い昔のような気がする。
(人の手ってこんなに心地よかったっけ……って待って待って)
思わず擦り寄りそうになってしまうのを必死に耐える。危ない危ない。
この人は私のネガティブ話をちゃんと聞いてくれて、涙まで流してくれた人なのだ。その上優しそうな顔で頭を撫でてくれるなんて。
申し訳ない気持ちでいっぱいではあるけれど、それ以上に萩原さんに対しての好感度(もちろん人としての)はもうカンスト手前なのだ。気持ち的には離れ難いし今後も定期的にお会い出来ればいいなぁなんて身の丈を弁えられないようなことを思ってしまうほどに。
だから、どうか一刻も早く離れてほしい。今ならまだ夢で済ませられるから。
「あの、萩原さん……」
「ねぇ」
頭に手を乗せられたまま、視線が交わる。
「っ!?」
刹那、私は息を呑んだ。何も言われていないのに背筋もビクッとする。
それほどまでに彼の目は真剣そのもので、まるで逃れることを許さないかのような感覚に襲われた。
「もうこれ以上は苦しみたくない。生きる意味がない、って君は言ったよね」
「は、はい……そうです、ね」
なんとか声を絞り出す。なるほどこれが『蛇に睨まれた蛙』状態かぁ、なんてどこか冷静な私が分析する。気持ちとしてはそんなこと考えている場合じゃないけれど。
「じゃあ、さ……」
ごくり、と音が鳴る。果たしてその音はどちらのものなのか確認する術はないけれど。
そして萩原さんは一言、心の底から懇願するようなそんな声で

「俺のために生きてよ」

私にそう告げるのだった————。

***

「お前、今日も行くのか」
禁煙室にて、松田が眉間に皺を寄せながら俺にだけ聞こえる声で問いかけてくる。
「うん、まぁね」
それに是と頷くと、ふぅーと煙を吐いた彼は「分からないな」と呟く。
「お前から聞いた話じゃ、爆弾と一緒に死のうとした女だろ? 確かにそいつが居なかったら防護服を着ていなかったお前は今頃あの世かもしれないけどよ、そこまで毎日通い詰める必要があるのか?」
松田の言う通りだった。あの日、タイマーが止まっているからもう爆破はしないだろうと思っていた俺は余裕綽々で防護服なんか着ずに解体に臨む所存だった。
しかし階段であの子を見つけ、このままだと本当にどこかで死んじゃいそうな儚げで虚げな彼女を放っておけず、有無を言わさない勢いでマンションから連れ出したタイミングで爆発しないと思っていた爆弾が遠隔操作で爆発したのだ。
それを見た俺は背筋が凍った。もしあのまま解体していたら今頃無事ではなかっただろう。その意味で彼女は俺の命の恩人なのだ。
「確かに彼女は命の恩人だけれどさ、それだけじゃないんだよ」
「? 他に何かあるのか?」
そう、彼女を抱えて階段を駆け降りていた時。
『大丈夫ですから! 私のことなんか気にしないでください!』
『嫌です! もういいですから! 下ろしてください!』
『お願いですから! 私なんて昔からこの世にいてもいなくてもどっちでもいい存在なんですから!!』
腕の中の彼女による悲痛の叫びの数々は初対面の俺にもかなり効いた。この子はそんなにも生に対して執着がないのかと悲しくなって思わず唇を噛む。
でも今はこの子をマンションから出すことに徹しよう。そしてその後に「そんなことない」「そんなこと出来ない」「この世に居てもいなくてもいいなんて言わないでくれ」と文句を言おうと思ったのだ。もちろん爆弾解体中にどこか行っちゃわないように誰かに見張りをお願いして。
そんなことを考えている間に地に足がついて、マンションが爆破した。
「うわぁ、危機一髪……」
ヒヤリとしながら彼女に大丈夫かと視線を送ると
(え……)
彼女は呆然とマンションを見ていた。瞳には何も映っておらず、顔色も悪い。その表情からは絶望の色と……
「あはは、せっかくのチャンスだったのに」
どこか安堵した声で彼女が呟く。
「…………君、まさか本当は」

————死にたくなかったんじゃないの?
そう問いかけようとした時だった。

「あの時、聞いちゃったんだよね。
小さな、本当に小さな声でさ、危うく聞き逃しそうになっちゃったんだけれど、ちゃんと聞いたんだよ……『誰か助けて』って」
「……おい、それって」
松田が目を見開く。察しのいい友人のことだ、俺と同じことを考えたのだろう。
「彼女、死にたいなんて言っているし、きっとそう思っているのも事実だと思う。でも本心では生きたいって願ってるんだよ。ただ……」
「生きたいと考えることから逃げるしか出来なかった、か」
とんでもねぇなと悲しそうに言う友人を見て、俺はスウッと一気に煙を吸う。そしてそれを息と共に吐きながら
「だからさ、助けてあげたいって思ったんだよね。なんだか放っておけないし、可愛いしね」
ふはっと笑って見せると
「そうか、頑張れよ。
……それにしても厄介なやつに惚れちまったな、ハギ」
友人もそう言ってふっと笑うのだった。

*生きる気力がないお姉さん
精神的にボロボロにされることが多かったが故に、これ以上苦しい思いをするくらいなら死ぬしかないよね?という思考に至った人。今まで苦しんだのでこれからは沢山楽しい思いをするはず。
萩原さんがなんでそんなに優しくしてくれるのかよく分からないし、困惑している。「助けて」と言ったのは記憶にない。
ここまでします?ってくらい過保護にされるも、いつ嫌になられて捨てられるか、はたまた裏切られるかと怖がりながらも一緒に過ごすことに。最終的に絆されるし恋愛的にも惚れることになる。ここまで人に愛してもらったことがないのでちょっとしたことで泣いちゃいそうになったり。

*生きる理由がないなら俺にしてほしいお兄さん
後一歩のところで死にかけた人。ある意味お姉さんは救世主。
でもその少女は今にも消えそうだし、死にたがっているし、見るからに精神的にボロボロなのは明白だった。
最後の最後で本音をポロった彼女を守ることを決意。
本当は徐々に距離を詰める予定だったのに思った以上に彼女の精神が限界なのを感じて一気に告白にも捉えられる言葉を言うことに。
嬉しいから依存してほしいなって思う。デロデロに甘やかすし、やりすぎかなってくらい過保護にもなる。松田から「病んでないか、お前」と言われたがそんなことはない。普通だよ普通。

*一部始終を聞いた友人
とんでもないやつに惚れたなぁと友人に対して思ったが、蓋を開けてみれば女性の方が厄介なやつに惚れられた側だった。萩原、心配だからって盗聴とか盗撮とかGPSとかは犯罪だぞ、知ってるか?
それでも彼女が生きる気力を見出していく様を見るのは嬉しいし安心する。お前は幸せになれよ。

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