内容のないラブレター【ルーファス×ラピス】 - 2/2

「ふむ」
どうやら話は綺麗にまとまったようだ。
私、ルーファス・アルバレアは目の前の少年少女を見て、ホッと一息ついた。
朝食の時から何やら落ち着きがないナーディアを尾行し、とある淑女からスウィンくんへの告白現場を目撃し、それをキッパリと振った彼を心の中で称賛した。正直彼らのことは側から見ていて心配する必要はないと思っていたのだが、人の心の中身を全て読むことは不可能だったため、もしかしたら……という嫌な予想もしていなかったわけではない。その分、彼が告白を拒絶した場面を見て私も安心したのだが。
「……さて」
若い二人は置いておいて、と一旦自室に戻る。スイーツのお店を巡っていた彼女をそろそろ探しに行かなくてはならないことだし、荷物を持ったらすぐにまた宿を出ようと思いながら部屋のドアを開けると
「あ、おかえりルーファス! もう、どこ行ってたのよ?」
ベッドの上で何やら本を読んでいたラピスが扉の音を聞いて顔を上げ、私の顔を見た。少しむすくれているように感じるのは気のせいではないだろう。そして彼女を探しに行く必要もなくなった。
「ふふっちょっとね。いい物を見ていたんだよ」
「いいもの?」
コテンと首を傾げるラピス。それに『ああ』と頷くと、私は机に向かい、鞄からとあるものを取り出した。
「それなあに?」
ベッドから降りた彼女が机上を見つめる。私はそれを制するように彼女の肩に手を置いて
「秘密だ」
そう言い、ふっと笑うとラピスはむぅっと頬を膨らませる。
「何か、いかがわしいものとか?」
「さてね」
どこでそんな言葉を覚えてくるのだろうかと思ったが、恐らくナーディアだろう。ラピスはその私の返事を聞くと、これ以上何言っても無駄だと判断したのか、しょんぼりとしながらベッドの上へと戻っていった。
「まぁ、君にもいずれ分かるさ」
「本当?」
「ああ」
疑いの眼差しを向けられたが、これに関しては本当だ。
机の上には便箋と封筒、そしてペン。
それで私が書こうとしているのは何を隠そう……。
「君へのラブレターだからね」
「? ルーファス、何か言った?」
「いや、何も?」

***

率直に言えば、今日のあの一件を見て私は『羨ましい』と感じた。
スウィンとナーディアの間にある見えない信頼関係や絆といったものに羨望を持つのは今更なのだが、そうではなく、純粋な好意をお互いに目に見える形で伝え合っているところが、柄にもなく、美しいと思ってしまったのだ。
そしてふと疑問に思ったのである。自分からラピスに対して分かりやすい好意というものを伝えられているだろうかと。

結論から言えば、伝えられていなかった。
私自身はかなり分かりやすいと思っている行動も、彼女からしたらそうでもないと言う可能性が高く、逆に彼女から私に向けられる好意はあまりに真っ直ぐなものばかりだったのだ。
——こうなっては私も一度、真っ直ぐな愛情を伝えるべきなのではないか?
そう思った私は、思い立ったら即行動という言葉通り、こうしてラブレターなるものを書こうと決意したのだ。
「しかし、困ったな……」
手紙を書くのは初めてではない。業務用からプライベート(?)まで多種多様なものを書いてきた自負はある。
しかし恋文となれば話は別だ。
まず書き出しから分からない。拝啓……は固すぎるし、かといっていきなり『好きです』と書くのも如何なものかと思う。
どこかに恋文の書き方テンプレートなど落ちてはいないかと一瞬考えてしまうほどだ。
——そもそも私は彼女に伝えることの出来る言葉があるのか?
はたっと思考が停止した。愛している、だの、好き、だの。好意を伝える言葉はこの世にはありふれている。そこから選ぶには充分すぎるほどには。
けれど、どれも薄っぺらく見えてしまうのだ。私が冷めてしまっているからなのだろうか、はたまた彼女に対しての感情がその言葉ではない別の言葉によるものなのか……どれかは定かではないが、これでは書くものも書けない。
「これは、思ったよりも難しいものだな……」
正直、恋文などあっさり書けるものだと思っていた。それがまさかここまで苦労するなんて思いもよらなかったのだ。
参った。一体どうしたものか……。
「何が難しいの?」
ひょこっと、いつの間にか隣に来ていたラピスが私の顔を覗き込む。どうやら彼女の気配に気づかないほど頭を悩ませていたらしい。
「もしかして、お手紙書くの?」
「ああ」
「でも真っ白」
彼女が不思議そうに呟く。至ってその通りではあるのだが、他人から言われてしまうと少しばかり心に来る。
「書く内容に困っているのだよ」
自分でも分かるくらいの、余裕のない声でそう返事をすると、彼女は『うーん?』とよく分からないといったような声を上げた。続けて
「そんなの、ルーファスが思っていることをそのまま書けばいいんじゃない?」
あっさりと、そう言ったのだ。
「手紙の本質は間違っていないのだがね……。それでは相手が読むのに困るだろう?」
出てきた言葉そのものを書くと、それはもはや会話文になりかねない。読みづらくなるのは避けられないし、何より綺麗な文章にもならないだろう。
しかし彼女は不思議そうな表情を変えず
「ん〜、確かに読みづらくなっちゃうかもしれないけれど、自分の気持ちが伝えられない手紙って必要あるの?」
キョトンとしながら『それってお仕事用の書類とかじゃないんでしょう?』と言葉を付け足して首を傾げた。
「それには一理あるかもしれないな……」
確かに読みやすさや文章の綺麗さを優先させるあまり、自分の気持ちを伝えきれないのは困る。ましてやこれは恋文なのだ。
「じゃあ思ったことをそのまま書いて、その後に読みやすく書き直してみたりとかはどう?」
その彼女の提案は、なるほどと思った。
別に一度で書く必要はない。それならば別の紙に思う存分書いて、その後に手紙用に調整する方が幾分か効率もいいだろう。便箋は枚数に限りがあることだし。
私はふっと微笑み、彼女の頭に手を置くと
「ありがとう、これで試してみることにしよう」
心からのお礼を告げるのだった。

***
「ふぅ」
そしてどれほど時間が経っただろう。
目の前には何枚かの便箋と、びっしりと埋まったノートのページ——そう、ようやく私からラピスに向けての手紙が出来たのだ。
一息入れようと合間に入れた紅茶はもう冷めており、残り少ないそれをずずっと一気に飲み切ると、便箋を丁寧に折って封筒に入れる。

一度書いてみれば、走るペンはこれほどまでかというくらい止まらなかった。
精々一〜二枚に収まると思ったノートは五ページにも渡り、それを校正して便箋に書く頃にはもっと枚数は増えていた。
ラピスへの想いを馳せている時間は思った以上に幸せで、書いている間も、そして今も心がどこか温かく感じる。それがどこか私には不思議で、でも嫌ではなかった。
手紙には大きなことから小さな些細なことまで、とにかく思ったことを全て綴った。これも初めは取捨選択すべきだと思っていたのだが、いざ校正しようとしたとき、あまりにも捨てるのが勿体無くて結局全て書くことにした結果故の事だ。今となってはよくこれだけの枚数で収まったなとすら思えてしまう。
「ふふっ」
こんなにも充実した気持ちになれるのならば、今後も定期的に書いていいかもしれない。もちろんラピスが受け取ってくれればの話だが、そこの面はきっと心配は要らないだろう。
「どうせなら何かお菓子でも買っておけばよかったかもしれないな……」
その方が彼女も喜んでくれそうだ。次の手紙からは何かしら見繕うことにしよう。
この手紙は明日にでも渡そうかと彼女を見ると
「……おや」
ラピスは丸まってベッドの上でスヤリと寝息を立てていた。本当に長い間手紙に没頭していたらしい。その事実に少しばかりびっくりした。
それまでに自分が時間を忘れて物事に取り組んだのはいつぶりだろうか。
「これは当分、辞められそうにないな」
愛しい彼女の寝顔を見つめながら、私は暫くそのまま座っているのだった——

***

明日これを手渡したら、彼/彼女はどんな反応をするだろうか。
困りながらも笑って受け取るだろうか。
柄じゃないってビックリしながら受け取るだろうか。
中身を読まれるのは少しばかり照れ臭いけれど、喜んでくれるだろうか。

えっ手紙の内容は何かって?
それはシンプルで、かつ簡単なものだよ。

だって、君が好きだって事以外、大した意味なんてないのだから——

FIN

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