不思議なラブレター【スウィン×ナーディア】 - 2/2

「むむむ……」
私、ナーディア・レインはとある手紙を見てブルブルと震えていた。
破りたい、ビリビリに破り裂いてグチャグチャに丸めてゴミ箱にポイってしてしまいたい。
そんなこの手紙の一行目にはこう書いてあった。

『スウィンさんのことが好きです。付き合ってもらえないでしょうか』

「もおおおおおお!! 誰なのこの人は!!!!」
テーブルの上に乗っていたそれを見て、私は思わず叫ぶ。
「私に黙って、私より先に、すーちゃんに告白だなんてどういうつもりなの!?」
悪態は止まらない。けれど
「とと……冷静に、冷静に……」
このままじゃ駄目だと、スーハーと深呼吸をする。
(えっと、手紙によると今日、会おうって約束が書かれてる……)
「これは、つけるしかないっ!」
「つけるってなにが?」
「!? す、すーちゃん!」
気がつくと、いつの間にかスウィンが来ていて、私を呆れた顔で見ていた。声が聞こえてすぐ手紙を隠したからバレては無いと思うけれど……
「朝ご飯だから呼びに来たんだが……」
「行く! すぐ行く!!」
そういうスウィンに、私は抱きつくような勢いで駆け寄るのだった。

***
「……ここが待ち合わせ場所ね」
朝食も終わって、皆が行動を開始してから。
私はスウィンにバレないように、彼のあとをつけていた。
スウィンはいつもの服装で、噴水の前でキョロキョロと誰かを待っているようだった。手紙に書いてあった指定場所がここだったことからも、彼女を待っているのだろう。
「ルーファスではなくてすーちゃんを選んだのはお目が高いとは思うけどー」
でも、だからといって渡すわけにはいかない!!
そうこう考えていると、とうとう
「スウィンさん!」
例の彼女がやってきた。
白のフリフリドレス。一見して分かるお嬢様の雰囲気。茶髪で清楚なイメージの彼女はスウィンの目の前で優雅にお辞儀をする。
「あの子は……」
覚えがあった。数日前、魔獣に襲われていたところを助けた、良家のお嬢様だ。
(そういえばその時からすーちゃんばかり見てた……っ!)
「なんでルーファスの方にいかなかったかなぁ〜」
思わずそんな文句を言ってみる。スウィンが評価されるのは嬉しいけれど、でも恋愛感情となったら話は別だ。
「……あっ移動する!」
二人が動き出すのを見て、私はその後を追う。

***
道中、お嬢様はニコニコと笑ってすーちゃんに話しかけていた。すーちゃんも困りながらではあるけれど頷いたり返事をしたりしている。すると
「!?」
(な、ななななななななななな!?)
なんと彼女がすーちゃんの腕に抱きつこうとしたのだ!
咄嗟にクマ男爵を出し、針を取り出そうとする。
しかし、それが投げられることはなかった。
スウィンはその手を振りほどくと、困ったような表情で首を振ったのだ。彼女はあまりにも残念そうに微笑むとそっと腕を下げた。

二人が着いた場所は如何にも高そうなホテルだった。
「ほ、ホテル!?」
いかがわしいタイプのものではないが、どうしても身構えてしまう。
そのままついていくと、エレベーターに乗って最上階のレストランに入っていく二人を確認する。
慌てて私もそこに行こうとして……固まった。
「うっミラが……」
どうしたってお金が足りない。手持ちのミラでは入れない。
(こんなことならルーファスからミラ貰っておけばよかったぁ)
いつも手持ちが必要なときはルーファスに頼んでいた。私のお金であることは確かだけれど管理は彼にお願いしているのだ。
「仕方ない。どこからか侵入をして……」
「いや、それには及ばない」
「え」
不意に後ろから声が聞こえて振り返る。そこにはここにはいないはずの
「る、ルーファス!?」
彼が立っていた。
「もしかして、なーちゃんの後つけてきたの?」
「まぁね。スウィン君のあとをつける君を見て面白……いや興味深くなったからつい、ね」
(面白いって……私からしたら危機的状態なのに!)
なんて心の中で悪態をついたところで意味はない。むしろルーファスが来てくれたのは好都合ですらある。
「さて、スウィン君のあとを追うのだろう? 早速入ろうではないか」
「……ええ。貴方のことは気に食わないけれど、お願いするわ」
私が皮肉をこめた言葉で頷くと、ルーファスは先導して歩き出した。

***
「…………ジィ〜」
柱に近い席に案内してもらい、そこからスウィンと女性を観察する。
二人の目の前にはケーキと紅茶。対して私とルーファスのテーブルには大量のお皿の山と紅茶が二つ。
「ナーディア君、流石に食べ過ぎではないかね?」
「いいの! こういう時くらい食べないと!」
「……やけ食いか」
呆れた声でルーファスが何かを言った気がするけれど、どうでもいい。オマケに生温かい視線も感じる気がする。
「……すーちゃん」
改めて二人を凝視する。本当ならあの女がいるところに私がいたはずだし、ルーファスがいる場所にスウィンがいたはず。
「私たちが離れ離れになるなんてあり得ないのに」
「…………」
寂しげに呟く私。自分で言うのもどうかと思うけれど、相当応えてしまっているみたいだった。
今まで、任務か何かで離れる時はあった。けれどこういう風に故意で単独行動を取ることは初めてだ。何よりプライベートで、スウィンが私以外の女性となんて。
「もしかしてすーちゃん、あの女のこと……」
そんなことはないと思いつつも、考えてしまう。
そもそもなんでスウィンは彼女の誘いに乗っかったのか、なんで私には何も話さなかったのか。
「……あまり大それたことは言えないが。君たちのことだ、そこまで心配しなくても問題ないと思うがね」
「そう思いたいけれど、でも……」
だんだん弱気になってくる。もし、スウィンが相手の女性を好きになっていたら……
「私のこと、守ってくれなくなったりするのかな……?」
それは嫌だ。そんなの許せない。
それでも、私とスウィンの関係は彼氏彼女ではないから。スウィンが私ではない誰かを大事に思ってしまったのならそれを受け入れないといけない。
「……そんなの……嫌だけど……」
もし、そうなったら私はどうなるんだろう。
(また、独りぼっちになってしまうのかな……?)
「スウィンさん、私とお付き合いをお願いできませんでしょうか?」
「!?」
女性の声がしてビクッと身体が震えた。
背筋が凍る。目の前が真っ白になりかけるのを必死で我慢する。手汗もすごいことになっていて、震えもあるせいかまともにティーカップを掴めそうにない。
「…………」
ルーファスもどこか固唾を飲んで見守っているように見えた。一瞬目があった時はとても心配そうな目を向けられていたのでこっちの心境は察せられているんだと思う。
「すーちゃん……」
小さな声で彼の名を呼ぶ。
「やだよ……すーちゃあん……」
瞳から涙が溢れる。スッとハンカチが隣の席から差し出されたが、それを受け取るだけの余裕はもうなかった。
今までの彼との記憶が脳内を駆け巡っていく。さっきまで食べていたケーキを吐いてしまいそうな感覚に襲われる。

「……ごめん。俺には大事な人がいるんだ」
「え」

キッパリとしたスウィンの声が耳に届いた。
「……それは一緒にいたあの女の子ですか?」
「ああ。妹のような存在なんだが、誰よりも大事なやつなんだ」
女性の声にスウィンが返事をする。すかさず彼女はガバッと勢いよく立ち上がり言葉を続ける。
「それなら恋人ではないのでしょう!?」
「うっ……」
グサッと私の心にナイフが突き立った。
(それは一番私が気にしていたことなのに!)
そもそも今回だって私とスウィンが付き合っていればなんの心配もなかったのだ。
もっと早く告白しておけばよかったって何度も後悔したくらい。
「……まぁ確かに付き合ってはないんだが。
でも俺はアイツのそばで守るって決めたからな。正直他の人と関わる余裕もないんだ」
『ごめん』と再度申し訳なさそうな顔で頭を下げるスウィン。
「そんな風に私のことを……」
未だに女性として見られていないのはショックだけれど。
「よかったじゃないか、ナーディア君」
「まぁね〜」
「……ハンカチ、使うかね?」
「……そうする」
今度は大人しく差し出されたそれを受け取って涙を拭く。手汗も拭い、深呼吸。
そして止めとばかりに紅茶を一口飲んでホッと息を吐いた。
チラリとスウィンたちの方を向くと、女性は諦めたようで、悲しそうな顔を浮かべながらもスウィンに言い寄るようなことはもうしていない。
「よかった」
心の底から、安心したような声で私は呟くのだった——

***
それからしばらくして。
「アンタら、つけてただろ?」
拠点に戻った私とルーファスは、先に戻っていたはずのスウィンに颯爽と突っ込まれていた。
「いや、私はナーディア君をつけていたのだがね」
「ルーファス〜?」
思わず声を上げる。その通りかもしれないけれど、私がスウィンをつけていた以上、その言い訳は通じない気もする。
「はぁ……それは結局俺をつけているのと同意だと思うんだが」
すかさずスウィンも指摘する。しかしルーファスはしれっと
「さぁ、どうだろうね」
そう流すに留まった。
「でもすーちゃん、どうして二人きりで出かけたりしたの!?」
「いや、それは……」
そーっとスウィンが視線を逸らす。も、諦めたように息を吐くと
「初めは断ってたんだが……あまりにしつこくてな……」
本当に困っていたような、そんな声で呟くのだった。
「ああ、やっぱり。そんなところだと思ったよ」
「すーちゃん、優しいから……」
ルーファス共々呆れた顔をする。
スウィンのことだし、きっと強く断れなかったのだろう。そういう性格だと言うことは私が一番よく分かっていた。
「だからちゃんと会って、しっかりと断ったんだ。それで問題はないだろ?」
「〜〜〜〜っ」
そうだけれど。そうなんだけれど!
「問題はそこじゃなーい! なんで分からないの〜!?」
「ええー……」
「確かにスウィン君は分かっていないようだ」
「ルーファスまでもか……」
思わずバシバシとスウィンを叩く。
「すーちゃんの分からずや!」
「い、いや……ええー……」
もはや「ええー」以外に言葉が出てこないようだった。
(も〜! それはどうなの〜!?)
スウィンのことだし仕方ないといえば仕方ないかもしれない。でも……
「なんで私にひとっっことも相談してくれなかったの!?」
文句しか口から出てこない。
だってそうだ、ラブレターのことも、誘われていたことも、何一つ私には言ってくれなかった。
それがすごく寂しくて、悲しかった。
「すーちゃんにとって私が『大事な存在』なら、どうして話してくれなかったの……?」
「…………」
(……あれ?)
思っていた反応と違う。
てっきりスウィンは視線を逸らして誤魔化すかと思っていた。
けれど今の彼は困ったように、眉間に皺を寄せて考える素振りをしたのだ。
「ふむ。スウィン君にもよく分からない、といったところかな」
「……まぁ、な」
ルーファスの言葉に、重々しく頷くスウィン。
「初めは話そうと思ったんだ。でも、いざ話すとなったら話したくないと思ってしまってな。
その理由は分からないんだが……」
「すーちゃん……」
(それって……)
「ふふっ」
「……おい、なんで笑うんだ、ナーディア」
「だって……ううん、なんでもない」
きっとどこかで『それを言ったらナーディアが傷つくんじゃないか』と思ってくれたんだろう。
(つまり、私のことを大事だって——)
「やれやれ、君たちも先が長そうだね」
「それ、ルーファスには言われたくな〜い! それこそ早くラーちゃん迎えに行ったら?」
ラピスは朝早くから「今日は色んなお店を巡ってスイーツを食べるぞ〜!」と張り切って出ていったから、今頃はいくつかのお店が大変な目にあっているんじゃないかと思う。
「それもそうか。問題は起こしていないと思うが、そろそろ回収しにいくかね」
「いってらっしゃーい」
半ば追い出すようにルーファスを送り出す。
「お前な……」
「いいでしょ〜、今日一日すーちゃんは私をほったらかしにしたんだし〜」
「ほったらかしって……」
わしゃわしゃとスウィンは頭を掻く。
(うんうん、やっぱりその分の埋め合わせはしてもらわなくっちゃ)
そんな彼にとどめを刺すように
「だから、今からすーちゃんはなーちゃんに構ってくれなきゃダメなんです〜!」
私はそう言いながらムギュッとスウィンに抱きつく。
「お、おい!?」
「それと、明日にはすーちゃんに渡したいものがあるから覚悟しててね〜?」
「渡したいもの……?」
「うん、ちゃんと渡すからね〜」
とびっきり気持ちを乗せて書いた、私からすーちゃんに向けてのラブレターを——

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