異常に過保護な近所のお兄ちゃんに食べられるまで、あと…… - 2/2

「あっ君のお迎えが来てる」
「げっ」
放課後、友人と一緒に校門から出ようとした私に彼女が当たり前かのように報告をしてきた。
彼女の視線の先を辿っていくとそこには黒いスーツにサングラスを身につけた天然パーマのお兄さんが校門前にもたれかかるように立っている。門から出ていく女子生徒たちの視線を集めている彼は、それを気にも留めず、ひたすらに携帯電話を触っていた。顔を顰めているのを見る限りきっと仕事先からだろう。
「相変わらずイケメンだよねぇ、君の恋人」
「恋人じゃない……」
「またまたぁ〜」
揶揄うように笑う友人。イケメンという部分には同意するが、恋人という部分は否定させてほしい。
「と、とにかく!また明日ね!!」
これ以上話すと余計に揶揄われるだろうし、女子たちの視線を独占している彼を待たせるわけには行かないだろう。
何より、どこか居た堪れなくなった私はそう友人に告げるとすぐさま男性に駆け寄る。
「おっ来た来た。お疲れさん」
「そっちこそお疲れ様、お兄ちゃん」
さっきまでの顰めっ面は何処へやら。近寄ってきた私を見るや否や少年のような笑顔を浮かべたお兄ちゃんこと松田陣平は携帯電話を仕舞うと私の頭をポンっと軽く叩く。そしてそのまま私の右手を握ると「帰るぞ」と歩き出した。
「……お兄ちゃん、仕事は?」
「あ?そんなもん抜けてきた」
「それでいいのか公務員……」
ガックリと肩を落とす。さっきからお兄ちゃんのポケットから振動音がひっきりなしに聞こえるんだけれどスルーでいいのだろうか。

この男性、松田陣平は私の近所に住んでいたお兄ちゃんのような存在である。
住んでいた、というのは彼が警察官になって一人暮らしをする前までのことであって、今はご近所さんというわけではない。
10歳も年が離れているからか、私が幼稚園児の時に知り合ってからというもののよく面倒を見てくれていて、帰宅してから両親が帰宅してくるまではお兄ちゃんの家で遊んでもらったり、小学生に上がってからは宿題を見てもらっていた。
そんなお兄ちゃんが好きだった私は「将来お兄ちゃんと結婚するんだ!」なんて言っていたこともあったそうだ。お兄ちゃんが警察官になって一人暮らしをするようになってからも私との交流は途絶えることもなく、私が携帯を買ってもらったと知らせてからは電話やメールをほぼ毎日したり、お兄ちゃんの家に遊びに行ったりという関係が続いている。
——と、まぁ私とお兄ちゃんは少し歳の離れた兄妹のような関係なのだけれど……。

「まさか毎日迎えに来るなんて誰が想像した……」

そう、この男。私が高校に上がってからというものの、毎日このように迎えに来るのだ。確かに以前「高校生って何時に帰るんだ?」って何食わぬ顔で聞かれはしたけれど、こんなことになるなんて思わなかった。少しでも考えが及んでいたら嘘……は吐けなくとも素直に答えるなんて選択はしなかったのに。
ちなみに、どうしてもお兄ちゃんが来られない日は彼の友人である萩原研二くんが迎えに来たりする。本当に申し訳ないです研二くん……。そう言えば彼は笑って「いいのいいの!むしろお姫様をエスコート出来るなんて役得だしさっ」なんてウインク付きで言ってくれた。流石である。

「なんか言ったか?」
「んー……いつも言っている気がするんだけれど、警察官って忙しいんだろうし、そんな毎日迎えに来なくたっていいよ?」
しかも最近部署移動したから更に忙しくなったって言っていたはずだ。お兄ちゃんのポケットから聞こえてくる電話らしき振動音は未だ止むことはないし。
するとお兄ちゃんは「またそれか」とばかりに溜め息を吐く。
「んなことお前が気にすることねぇよ。俺がしたくてしてるんだからな」
「ええー……」
そうは言われてもなぁ……と思うが、『俺がしたくてしている』と言われてしまえば私からは何も言えない。言えないのだが、今日ばかりは少し突っ込んで聞いてみる。
「でも、流石に過保護すぎない?私もう高校生だよ?」
毎日送り迎えされる程、私ってヤワではないと思う。特に今まで事件に巻き込まれたこともなければ、危ない目にあった事もない。持病があるわけでも無し。
故にここまで過保護にされる理由が分からなかった。
「それにそれに、放課後友人と遊びに行くこともあるかもだし!」
これに関してはお兄ちゃんに一つ物申したい。
というのも、初めの方は友人たちから放課後のお誘いをしてもらっていた。高校生なのだし帰りがけに喫茶店とかファストフード店とかカラオケとか寄り道するのはちょっとした私の憧れの一つで、断る理由はなく二つ返事でオッケーを出していた……のだが。
高校までお兄ちゃんが毎日迎えに来るとなれば、話は全く変わってきてしまう。
そう、さっきの友人のように『私とお兄ちゃんが恋人同士』だと勘違いされてしまっているのだ!
そしてその勘違いは私が何を言っても訂正されることはないまま、「むしろ毎日迎えに来るのが近所の仲いいお兄ちゃん程度の関係性なわけがない」と誤解が更に加速する始末なのだから余計にタチが悪い。
まぁ、つまりそれがクラス、ひいては学年、学校中に知られることになっていた頃には『毎日放課後に彼氏が迎えに来るのを邪魔してはならん』と全く誘われることがなくなってしまったのだ。解せぬ。

「別に良いじゃねえか。なんなら俺と一緒に出かけるか?」
「そうじゃなくて……」
的外れな返事にガックリと肩を落とす。私は高校の友人と行きたいのだ。あとそれをやってしまったらお兄ちゃんは本格的にサボりになってしまいそうなのだがそれは問題ないのだろうか……いや、今の段階で問題しかないだろうけれど。
「……んだよ、そんなに俺が邪魔かよ」
ふと拗ねたような声が聞こえ、彼の顔を見上げる。するとサングラス越しに不機嫌そうな、それでいて悲しげな視線を感じ「うっ」と思わず言葉を詰まらせた。
その顔はズルくないだろうか。そんな表情されてしまったら何も言えないではないか。
「じゃ、邪魔なんて思ってないから!!」
だからこんな言葉が咄嗟に口から出てくるのも仕方ないことだろう。お兄ちゃんはふっと分かりやすく顔を綻ばせると
「そんならよかった」
優しい口調で告げた後、私の頭をわしゃっと撫でるのだった——。

***

「その、付き合ってください!」
「…………はい?」

それから数日後。朝登校したら下駄箱に手紙が入っていて、その手紙の通り放課後に屋上へと来た私を待ち受けていたのは、最近転校してきたという隣クラスの男子だった。
特に絡みもなく、関わりもないので何の用事なのだろう?と不思議に思っていたところの『これ』である。
「え、えっと……付き合うとは?」
「だから、恋人になってほしい、んだけれど……」
こいびと、コイビト、恋人……。
それって、つまり。
「え、ええええ!?」
告白された、だと!?私が!?こんなこと今までなかったのに!!
思わず驚いてしまったのも許してほしい。お兄ちゃんと付き合っていると皆から思われているので告白イベントが発生することは今までなかったのだ。
「も、もちろ……」
その勢いのまま返事をしそうになって、はたっと止まる。
私は彼のことをよく知らない。今まで接点もあまりなかったし、なんなら話したことあったっけ?レベルだ。彼が私のことを好きになってくれた要因が分からないほどでもある。
真剣に告白してくれている相手に向かって勢いだけでOKして良いものなのだろうか?
私の答えは否だった。
「え、えっと……私貴方のことよく知らないから、まずはお友達からでどうでしょう……?」
申し訳なさを感じつつそう告げてみると
「ううん、それで大丈夫。これからよろしくね」
ニコッと笑って手を差し出してくれたのだった。

***

その彼と一緒に話しながら帰路に着く。
会話の内容は改めての自己紹介から始まり、趣味や授業の話等々、学生同士の至って普通のものだった。
印象としては好青年そのものだ。話し上手なのだろう、私が話しやすいように雰囲気を作ってくれたり言葉を選んでくれたり話題を振ってくれたり……研二くんと似たようなものを感じる。年齢の差なのか研二くんには敵わないけれど。
「……っと、あれ?校門の前に車が止まってる?」
「あ」
彼の言葉につられて視線を動かしてみれば、そこには見覚えのある車があった。言うまでもなくお兄ちゃんのものだ。車で迎えに来たということは今日はもう仕事終わりなのだろう。
「じゃ、じゃあ私はここで!また明日ね!」
「え、あ、うん」
何故か早くお兄ちゃんと合流しないといけない気がして、私はいつもより急いで車へと向かい、助手席に乗り込む。
「お待たせ、お兄ちゃん」
「…………」
「……お兄ちゃん?」
無言だ。いつもは返事を返してくれるのに、あろうことか彼は私を一瞥もせずエンジンをかけて車を発進させた。
顔色は伺えない。サングラス越しでも大抵の表情は分かるのに今は全くと言って良いほど見えなかった。
ただ、ひたすらに車内の空気が重たい。
待たせてしまったことを怒っているのだろうか。でも朝の時点で少し遅くなることはチャットで伝えたはずだし……。
「おい」
しばらくして、お兄ちゃんが口を開いた。顔を向けて返事をすると彼は眉間に皺を寄せ、低い声を発する。
「さっきの男、誰だ?」
「え」
背筋がぞわっとした。
「その、友達……」
「友人、ねぇ。その割にはあいつお前に好意があるように見えたけどなァ?」
「そりゃだって告白されたわけだし」
「あ゛ァ!?」
「ヒっ!?」
これ言っちゃダメなやつだったのでは!?と気づくも時すでに遅し。お兄ちゃんから殺意という殺意が溢れてくる。思わず声が零れてしまったのは見逃してほしい。流石刑事。サングラスをかけているからか更に怖さが増している。
お兄ちゃんを見るのが怖くて視線を彷徨わせる。そして窓から外を見て、ここがお兄ちゃんの家の駐車場だということを今更ながらに知る。いつの間に駐車していたんだろう。
「んで?」
「はい!?」
「なんて返事したんだよ」
じ、尋問だ……!しかも脅しが入ってる!!
「ゆ、友人からお願いしますって言いました!だからオッケーしてないよ!!」
……本来ならここまで焦って否定することはないはずなのに、彼の怖さに怯えて早口に告げた。
「当たり前だよなぁ。お前は俺のもんなんだし」
「…………ん?」
いつ、誰が、誰の、ものに?
そんな私のことなどさて置いて、ガチャリと助手席の扉を開けられ、手を引かれ家の中へと連れていかれる。
そして……

ドサッ

「ちょっ!?」
「はぁ、止めだ止め!!」
ソファーに投げ出されたかと思いきや、そのまま押し倒された——!!
待って待って、これどういう状況!?誰か教えて詳しい人!!いや、やっぱりなんか怖いから知りたくない!!!!
「お、お兄ちゃ……」
顔が近い!近い!!
いつの間にかサングラスを外していた彼の瞳はまさしく獲物を捕らえた雄のものだ。
「お兄ちゃん、タンマ!タン……」
「もう充分待った」
「そんなことないから!」
まだ押し倒されて数分も経ってないよ!!
そう抗議しようとしたが、黙れと言わんばかりの視線に口を閉じる。
「こちとらもう10年以上待ってんだ。高校卒業するまでは手を出さねェって決めてた。
でもよ、ぽっと出のやつに奪われるくらいならそんなの意味ねェよなァ?」
ガシッと手首を拘束される。痛い。
こんなお兄ちゃんを私は知らない。お兄ちゃんはいつもぶっきらぼうだけれど優しかったから。
だからこんなギラギラした『男の人』を私は知らない……っ!
「お前も言ったじゃねえか、『将来俺と結婚する』って。忘れたわけねぇよな?」
「忘れて、ない、けど……」
あれはまだ世の中を知らなかった幼稚園児の可愛い戯言だ。けれど目の前の男性はそうは思わなかったらしい。
「ああ言われた時、俺嬉しかったんだぜ。そんでその時にはもうお前と結婚するって決めてた。
まさか今更『あれはなかったことに』なんて言わねえよな?」
「……っ」
「視線逸らすな」
グイッと顔の向きを直されて、彼と視線が交わる。
男性の目は相変わらず鋭く、真剣なのだが、闇をドロドロに溶かしたような色をしていた。
「お、お兄ちゃ……」
「ああ、その呼び方も今日までだ。そろそろ下の名前で呼ばれてぇし」
「じ、じんぺー、くん……」
「ん」
なんとか言葉を紡いで名前を呼ぶと、少しだけ満足気に返事をされる。
そして口の端をキュッと上げると
「もうこれからは『兄』としてじゃなく、『男』として見てもらわねぇとな」
「んんっ」
唇が重なり、舌が入り込んでくる。
逃げようにも頭をしっかりホールドされてしまって逃げ出せない。舌だけでもと懸命に逃そうにもあっという間に捕まってしまい、吸われたり舌同士を絡まされる等好き放題口の中を犯されていく。
クチュクチュといった水音が頭の中まで響いてくるようで、脳内がおかしくなりそうだ。
「んっおにぃちゃ……じんぺぇく……んちゅ……」
「ん、はぁ……」

ああ、私、このまま食べられるんだ——。

心まで侵されたのだろうか。
それを実感した時には私の方から『もっと欲しい』と唇を重ねていた……。

 

*一気に落とされた夢主
すごい過保護なお兄ちゃんだなぁ、いつまで続くんだろう。と思っていたらこんなことになるなんて!
お兄ちゃんのことは好きだったけれど、もはや親愛の意味だったため、恋愛の対象ではなかった。
今回の件で身も心も落とされるし、恋愛感情の意味で好きになっていくので万事解決……のはず。知らないは仏。

*周りに牽制しまくっていたお兄ちゃん
自分が荒れていたりした時も変わらず慕ってくれていた夢主のことが恋愛的な意味で好きだった。そんな中結婚なんて言われたら嬉しいに決まっている。病んでる?普通だろ。
お巡りさん、こいつです。
高校になって毎日迎えに行っていたのはもちろん牽制のため。まさか転校生に目をつけられるとは思ってなかったが、概ね作戦は成功している。
その間、仕事は放置。「外回り行ってくる」って言って出ていくタイミングから先輩や同僚たちからは状況を察されている。緊急時の電話くらいは出ろ!と毎度怒られているも改善された試しはない。
美味しく頂いた後はもっと過保護が悪化する。だから病んでねぇって!

*お兄ちゃんの友人
陣平ちゃん、陣平ちゃん。未成年に手を出したことに対してはもう何も言わないけれど、流石に盗聴器を付けたいって降谷ちゃんや諸伏ちゃんに相談するのはヤバいと思うぜ?

*何気に巻き込まれていた公安二人
俺らに同期を逮捕させるようなことだけはしてくれるなよ、松田……。

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