安心する匂いだけれど好きとは言っていない!! - 2/2

「ねぇねぇ、今日は世界禁煙デーだって」
「却下」
「ちょっと無理かなぁ〜ごめんね」
「まだ何も言っていないのに!?」

暖かくなってきた5月31日。たまたま休憩が被った私は今にもタバコを咥えそうな同僚二人にそう話を切り出した。
「誰も禁煙しろなんて言ってないじゃない……」
「言ってるようなもんだろうが」
サングラス越しに冷たい視線を向けられ、うっと思わず声を漏らす。
それを見て萩原はふふっと笑うと
「君が心配して言ってくれようとしているのは分かるんだけれどね、こればかりは難しいかなぁ〜」
如何にも申し訳ないという雰囲気で首を振った。
「まぁ確かに禁煙したら? って言おうとは思ったんだけれどさ」
ふぅ、と一つ息を吐いて手に持ったミルクティーを煽るように飲む。
別にタバコの臭いが嫌いなわけではない。彼らが吸い始めた当初はそれこそ『タバコ臭っ!?』と吸う度に一言言っていたような気もするし、煙が苦手だった覚えもあるが、今となっては慣れたものである。むしろ二人それぞれの銘柄の臭いを鼻が察知する度に『ああ、彼らの臭いだなぁ』と思うくらい。
「ほら、曲の歌詞であるでしょ?」
「あ?」
急になんだとばかりに松田が首を傾げる。いつの間にかタバコに火を点けていることには敢えて突っ込むまい。私は頭の中でその曲を再生して、歌詞を思い出すので忙しいのだ。
「えっと、『貴方と同じ香水を街の中で感じるとついて行きたくなっちゃう』って。
二人の場合は香水じゃなくてタバコだけれど匂いという意味では同じでしょ?」
なんかよくテレビで聞いた気がする。断片的な歌詞しか思い出せないけれど、恋愛バラードだったことだけは記憶にあった。あとすごく歌が上手な二人組の曲だったことも。
「曲名とかは分からないんだけれどね〜、でも二人が禁煙してそのタバコの匂いがなくなるのはなんだか惜しいなぁって思っちゃって。
あっもちろん身体的には辞めてほしいんだけれどさ」
私にも受動喫煙の影響があるだろうし、何より彼らの肺のことを考えると禁煙を強く勧めるべきだと思う。『ヘビースモーカーだし本数くらい減らしてもいいんじゃない?』くらいはせめて言っておこうかと口を開こうとしたら『ねぇ』と萩原から名前を呼ばれてしまった。
「ん? どしたの萩原くん」
「いや、さっきの曲なんだけれどさ」
「さっきの曲がどうかしたの?」
……なんだか萩原の顔が険しく見えるのは気のせいだろうか。
(あれ? なんか変なこと言ったっけ?)
少し心配になって、脳内でさっきの歌詞を引用してみるも、特に不自然な点も変な点も見当たらない。なぜそんな難しい顔を? と首を傾げつつ、ふと松田の方を見ると彼は『自覚なしかよ……』と呟いて頭を抱えていた。
「私、そんなやばいこと言った?」
「ん〜、嬉しいことなんだけれどね? それ、他の男に易々と言っちゃダメだよ?」
「いや、言う機会がないから大丈夫だと思うけれど……なんか顔赤くない? 大丈夫?」
「萩原、こいつはダメだ」
「ちょっ!?」
(心配しただけなのに『こいつはダメ』って酷くない!?)
抗議をすべく視線をグラサン男に移すと、さっきとは違ってニヤニヤと笑った彼は「あのな」と言葉を紡ぎ出した。
「『貴方と同じ香水を街の中で感じるとついて行きたくなっちゃう』だっけか?
それってつまり、お前は俺らのタバコの匂いを嗅ぐとついて行きたくなっちまうくらい俺らのことが好きって事なんだよな?」
「……え゛」
(た、確かに!?)
さっきの歌詞の引用部分のみを捉えるとそうなってしまう。
「違う違う! いやえっと違うって二人のことが好きじゃないって意味ではなくてですね? あ〜でもあの好きっていうその……ええっとおおお?」
もはや自分でも何を言っているのか分からない。何を挽回したいのかすら不明だ。それどころか……
「匂いが好きになるくらい俺らのことも好きってことだよね?」
「そうだな、そもそも嫌いな奴の匂いなんか嗅ぎたくもないだろうし」
「うぐっ」
(な、なんか余計に悪化させてる気がする!!)
タバコを吸っている二人が悪い笑みを浮かべて私を見ているところからすると、これ以上ここにいると更に揶揄われるのは明白だ。
(ここは戦術的撤退を——!)
そんなことを考えていると

ふぅ〜

「な……っ!?」
なんと二人同時にタバコの煙をかけてきた!
「ほらほら、お前の好きな匂いだぞ〜」
「〜〜〜〜っ!!」
(間違ってないけれど……っ!)
カアッと顔が熱くなる。
だって目の前にはニヤニヤしながらも嬉しそうに笑っている男性二人がいて、
(そ、それにタバコの煙を吹きかける行為って——)
諸説あるだろうが、一番よく言われている内容を思い出してしまったのだから。
「わ、私ちょっとお手洗い行ってくる!!」
なんだか居た堪れなくて、私はダッシュでその場を離れるのだった——。

 

*無意識に墓穴を掘った主人公
ただ思い出した歌詞を言っただけなのに……!!
別にそんなつもりはなかった。でも二人のタバコの匂いが安心するのは事実なのでどこをどう否定すればいいのか悩んだ結果、逃走。
煙を吹きかけられる行為の意味を何故知っていたかというと、以前やられたことがあり、「あれってなんだったんだろう?」と二人に相談した途端すごい顔で詰め寄られたので『な、何事?』とその後に自分で調べたから。ちなみに当時のことに関しては二人とも心配性なんだから〜としか思ってない。

*例の曲を知っていて、歌詞を引用されたことに歓喜した人
嬉しいけれど他の人にも言っていないか心配になった。
歌詞を言われた途端、『それって恋愛の曲だよ? つまりそういう風に見てくれているの? 何それ嬉しい』まで考えた。
いつもの天然だったかぁと残念だったが、少なからず好意は持ってくれていることを確信してこれからもっと攻めようと思っている。

*曲は知らないけれど、引用された歌詞の内容に驚きつつ揶揄い始めた人
『とんでもねぇ歌詞を引用してきたな、きっと他意はないんだろうが』と初めから天然発言だと気づいていた。一瞬頭を抱えたものの、揶揄うと面白いんだよなコイツと立ち直り揶揄う方向へ思考をシフトさせる。
『ところで知ってるか? お前からも俺のタバコの匂いがするんだからな』といつ言おうか考えている。

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