ゲームと俺どっちが大事なの!? - 2/2

週の真ん中である、水曜日の昼下がり。
私は自宅の中でその時を今か今かと待ち望んでいた。

この時のために貯めていた有給は大放出しており、おかげ様で来週末まではお休みだ。
昨日、「旅行行くの?いいわねぇ」という社員さんたちに笑顔で「はい、ちょっと久々に冒険したくて」と返した私を止める人は誰もいなかった。ちゃんと引き継ぎはしたし、休み中に呼ばれるようなブラック会社ではないのでそこは安心である。
「まぁ、お土産なんてないんだけれどねぇ……」
ネット通販か、はたまたご当地グルメコーナーかなんかで調達しないとなぁと考えていた時。

ピンポーン

「あっ来た来たっ!」
待っていた『それ』が家に到着した⸺

***

「はぁああああ」
時と場所が変わって金曜日の夜。
俺はビールを一気に飲むと、大きなため息を吐いた。
「どうした萩原。今日は華の金曜日だろ?」
「今週はそうでもない……」
伊達にそう言われるも、こちとらそんな幸せな気分ではないのだ。
ふとスマホの画面を見るも通知はなし。分かっていたことではあるけれど現実を見せつけられている気がしてガックリと肩を落とした。
「……ああ、あの日か」
「あの日?」
ふぅと煙を吐いた松田が何事もないかのような表情を浮かべて伊達に説明する。
「萩原が彼女と会えなくなる」
「は?それまたなんでだ?」
「ゲームやるんだってさ〜!!」
半分ヤケクソ気味に叫ぶ。
「あれ、あの子ゲーマーだったか?」
「ゲーマーじゃないんだけれどさぁ……」
そう、彼女はゲーマーではない。ゲームは好きではあるけれどそこまでやり込むわけでもないし、スマホゲームなんかやっているところをそんなに見たことがないくらいだ。彼女の家に行くと確かに何個かゲームは並んでいるし、ゲーム機もそこそこにあるが、俺の目の前でゲームをすることもあまり無かった。
が、しかし。そんな彼女も一年に一回は仕事を休み、家に閉じこもってゲームをやりこんでいるのだ。彼女曰く、幼い頃から毎年発売されているRPGで、ずっとファンだから一気にクリアしたいのだという。流石に学生時代は学校を休むわけにはいかず放課後にプレイしていたようだが、社会人になってからはそのために毎年一週間は休みを取っているらしい。
「聞けば聞くほどすげぇ執念だよな……。俺も本人から聞いたが『最近はネタバレが怖くて』とか『話の展開が面白いから他のことに対して集中出来ないんだよね』とか言ってたな」
「なるほどなぁ。趣味があるっていうのはいいことじゃねえか」
「そうだけど、そうじゃなくて!!」
そう、別にそれを否定する気は全く無い。彼女にとってはこれ以上ない楽しみなわけだし、それを満喫させてあげたい気持ちはもちろんある。そのゲームの発売まで小出しに出される情報を見ては嬉しそうにはしゃいだり、『もう少しで届くんだ〜』って笑顔で言っている彼女も可愛いし。
でも、でも、問題はそこじゃなくて。
「一週間も連絡を断つとか、それってどうなの!? しかもよりによって今週土日休みとか!!」
うわあああんと叫んでみれば、「うるせぇ」と松田に怒られてしまう。陣平ちゃん冷たい……。
「知ってる?彼女と一週間も連絡が取れないのって寂しいんだよ?こちとら毎日連絡を取り合っているのに一週間だけ綺麗さっぱり返事が返ってこないんだよ?会えないだけならまだしも連絡取れないのって辛くない?」
「それはそうだがなぁ……なんだ、全く返事が来ないのか?」
「『おはよう』と『お休み』くらいしか来ない……」
「綺麗さっぱりってなんだ」
「返事返ってきてんじゃねぇか」
何故か二人にため息を吐かれた。なんで!?
「そもそもアイツって毎度律儀にお前に許可取ってるんじゃなかったか?」
松田がタコワサを箸で掴みながらそう聞いてくる。
「まぁね。ちゃんと今年も聞いてくれたよ? でも『ダメ!』なんて言えないでしょ?」
松田の言う通り、毎年『この日から一週間ゲーム週間にするけれど、大丈夫そう?』って彼女は聞いてくれるのだ。ただそれに『NO!』と返せるだけの度胸はなかった。どうしても、『もしそれで彼女に嫌われたら?』と考えてしまうのだ。
すると伊達と松田は顔を見合わせ、呆れたように首を振る。そして松田が一言。
「……なぁ萩。言わなきゃ伝わんねえことってあると思うぞ」
真っ直ぐ目を見て、ハッキリと俺にそう告げたのだった。
「え、『俺とゲームどっちが大事なの!?』って?」
「そうじゃねえだろ……あと多分それ聞くとお前が傷つくことになるからおすすめはしねぇ」
「待って、それってつまり俺が選ばれることはないってこと!?」
そんなことないって!と否定したかったけれど、なんとなく今聞いたら『ん〜今はゲームかなぁ』って言われる気がする。彼女の中の優先順位はこの一週間揺らぐことなくゲームが一位のはずだし。
なんて項垂れていると、「あ〜なんだ……」と伊達班長が頭をガシガシ掻く。
「毎年そう聞いてくるってことは彼女さん、お前がダメって言ったら妥協案でも考えてくれたんじゃないか?」
「……へ」
思わぬ言葉に顔を上げる。妥協案? 彼女がゲームをしないか、俺が諦めるかという選択肢以外に何かあるの?
「別に四六時中ゲーム……はしてそうだけれど、ゲーム中に会話が出来ねぇわけでもねぇだろうし、飯は食うだろうし、風呂は入るだろうし。つまるところアイツが嫌がっているのってメールを打つ時間とか文章を考える時間なだけであって、お前が邪魔なわけではねぇと思うんだけどな」
「…………」
た、確かに?言われてみれば会話するタイミングはいくらでもありそうだ。
陣平ちゃんに続いて、伊達班長も言葉を紡ぐ。
「恋愛ものだったらまだしも、RPGならシナリオ部分以外なら余裕ありそうだしなぁ……ダメ元で電話でもしてみたらどうだ?」
「つーか、もう今俺かけてるし」
「ってじんぺーちゃん!?」
いつの間にやらスマホを持って耳元に当てている松田がそこにはいた。
でもほら、彼女は出ないはず。だって連絡断ってる訳だし……

「ああ、もしもし?お前そろそろ萩原が限界だぞ」

……えっ電話、出るんだ!?

♢♢♢

『萩原が限界だぞ』
「……はい?」
一息入れようとコントローラーを机に置いて、作り置きしておいたご飯を温めようとした時、スマホが着信を知らせてきたので出てみると、聞こえてきた言葉の第一声がそれだった。
げんかい……限界?限界ってどういうこと?
『今居酒屋にいるんだが』
「はい」
『萩がヤケ酒してる』
「ヤケ酒」
……あれ、研二くんってヤケ酒するっけ?
一瞬そんなことが頭をよぎったけれど、彼も大人だ。やけ酒の一つや二つしたいときがあるのだろう。
『折角の土日休みにお前に会えないとかなんとか叫んでる』
「なぜ叫んだ……」
これは思った以上に重症かもしれない。それにしても研二くんがヤケ酒とは、一体何があったのだろうか?
仕事でやらかしたとか?いや研二くんに至ってそれは考えにくい。だとしたら……
「……私のせいかぁ」
ポツリと呟く。私がやっているのは毎年のこととはいえほぼ毎日連絡を取っている恋人と一週間距離を置いていることになるのだ。『おはよう』と『おやすみ』はなんとか返せているものの、他の連絡はゲームに集中しているとまず気が付かないし、確認出来たとしても返事を考える集中力はゲームに絶賛全振りしているわけで素っ気無いものになってしまう。酷い時は『後で返信……』と既読のまま放置してそのまま返信しない事もあるのだ。
⸺⸺いや、待って怒らないで。私もどうかと思ってるよ?思っているんだけれど優先順位がもはや『ゲーム>>>>それ以外』になるのだ。もしかしたらゲームという部分を読書やら仕事やらに置き換えれば分かってくれる人もいるかもしれない。どうしても集中しているときは他が疎かになるもの……じゃない?
『というわけだから、萩原そっちに送るわ』
「ああ、うん。りょうか⸺え?」
え、来るの?研二くんが?ここに?
そっとテレビ画面を見る。キャラのモデルが中心に居て、周囲が街のマップで埋め尽くされているゲーム画面がそこにはあった。
次いで私の服装を見る。家を出ないことをいいことに部屋着だし、お風呂も昨日はサボっている。
『なんだ?ゲーム週間とはいえ彼氏と一緒にいるのは嫌なのかよ?』
「うーん、別に嫌な訳ではないけれど……研二くんの相手を出来るかと言われるといつもよりは出来ないけれど大丈夫?」
『お前らいつもイチャつきまくってるから多少はいいだろ。精々同じ空間にいて、会話するくらいだ』
「それは全然構わないけど……」
私がプレイしているのはRPGだ。キャラの会話時などに話しかけられるのは少し困るけれど、それ以外の操作部分⸺例えば戦闘とかならば片手間で出来るので研二くんと会話するくらいなんてことない。むしろ……
「電話とかメールとかよりも直接来てくれたほうがありがたいまであるかも」
『お前ならそう言うと思った。今度から萩にもちゃんと言ってやれ』
電話口からどこかホッとしたような声が聞こえた。そっか、毎年「ゲーム週間、今年もやって大丈夫?」としか聞いてなかったなぁと今更ながらに気づく。私としては研二くんが『嫌だ』と言ったら合間に会う日を作る計画をしたりするつもりだったのだけれど、彼から嫌だと言われたことはなかった為それに甘えてしまっていた。始めから「ゲーム一週間集中してプレイするけれど、合間に会ったりする?」とか提案すればよかった。そこまで構ってあげれないかもだけれど家に呼ぶのも全然ありなのに。
私は一週間メールの返信が滞ってしまうから、それならばいっそのこと先に断ってしまったほうが心配かけなくて済むし私も気兼ねなくゲーム出来るなぁと考えただけなのだから。
「……ありがとう。今度からはちゃんと研二くんにも伝えるわ」
『おう。じゃ、こっちが解散する頃にメール入れるわ』
「うん、よろしくお願いします〜」

さて、と。
「お風呂、入るかぁ」
私はどこか笑顔でそう言うと、風呂場へと足を向けるのだった。

♢♢♢

「会いたかったよおおおお!!」
「ちょっ研二くん!?って本当にお酒臭いし!」
なんとかシャワーを浴びて、ドライヤーで髪を乾かし、新しい部屋着(時間も時間だし普段着を着る気にもなれなかった)を着た頃。タイミング良く研二くんが玄関に駆け込んで来るなりギュッと抱き締められた。
正直直接会うまでヤケ酒というのは松田くんの言葉の綾であって実際はそんなに飲んでないのでは?なんて考えていたのだが、煙草の匂いと共に漂ってくるお酒臭を考えるに本当にヤケ酒していたらしい。研二くん、お酒強いのに……。
「どれだけ飲んだの?」
「そんなに飲んでない!」
「絶対嘘だ……」
ふぅと息を吐く。意識はハッキリしているみたいだし、こういうときはお水かなぁと思っていると。
「……うん、君の匂いがする」
目を合わせてへにゃりと笑った彼を見て、
「……ごめんなさい、研二くん」
私は謝罪を口にした。元はといえばここまで酔わせてしまった原因は私にあるのだ。
「寂しかった。でも君の趣味を邪魔したくないから我慢してたんだ」
ポツリポツリと切なげな声で告げられる。ああやっぱり無理させちゃった、気を遣わせちゃったんだなと思うと申し訳なくて謝ることしかできなかった。
『それ、今度から萩にもちゃんと言ってやれ』
ふと松田くんからの言葉を思い出す。そうだ、私も自分が思ってること、考えていることを言わないと。このままじゃお互い苦しいだけだ。
「あのね、研二くん。私ゲームに集中しているとスマホとか見なくなるの。それで返事が遅れちゃったりするから、そのことで心配をかけるくらいならと連絡を断ったほうがいいかなって思ってた。
でも一緒の空間にいて、話したりするくらいなら全然問題ないの。むしろそっちのほうが文章考えて打つ手間がなくてありがたかったりする。
だからその……」
そこで一旦言葉に詰まる。どうやって提案しようか。どの案ならお互い苦しまないで済むのかな?さっきまで考えてなかったからいい案が浮かんでこなくて困惑する。
おずおずと研二くんを見ると、なんと彼はパアアッと顔を明るくさせていて、
「それなら、ゲーム週間でも休みの日は遊びに来てもいい!?」
飛びつくように聞いてきた。
「そ、それは大丈夫だけど……」
「やった!!」
何この可愛い生き物……いや彼氏に可愛いは失礼か?でもそれくらい彼がはしゃいでいるのだ。さっきよりも激しくギュウギュウと抱きしめてくるし、顔はニコニコしてるし。本当に嬉しいんだなって伝わってくる。それと同時にもっと早く言っていれば傷つけなかったのかなぁと反省した。
「今度からはちゃんと話すね……ごめんね、我慢させちゃって」
「ううん、気にしないで!あっでもやっぱり連絡は控えたほうがいい?」
「返事が遅くなるのを気にしないなら……」
多分ほとんどスルーしちゃう気がするけれどそれは許してほしい。
「気にしない!気にしないから連絡する!」
「ん、分かった」
ああ、いい笑顔するなぁ研二くん。なんだかそれ愛おしくて、つい口づけをする。
するとさっきまでふにゃふにゃ〜と笑っていた研二くんがふと雄の顔になった。

…………あ、ヤバ。

「ねぇ」
スっと視線を合わせられる。可愛かった研二くんはどこへやら、すっかりとかっこいい顔になった研二くんがそこにはいた。
「最近ずっと会えなかったし、声すら聞けなかったから君不足なんだけど」
目を逸らそうにも捉えられてしまって難しい。しまった、スイッチ入れちゃった。と気づいたときにはもう遅い。
ディープじゃなければ大丈夫だよねっ☆って思ったのはある。現にそう思ってました、はい。
けれど松田くんの言うとおり、彼はもう限界だったようで……。
「そんな状態で、こんなことしてくれるなんて、覚悟が出来てるってことでいいよね?」
「……う、」
うん、と頷きそうになった瞬間

カタン

何かが落ちた音が聞こえて……

『な、なんだこれは!?』
「!?」
続いてゲームのキャラのボイスが再生された。
「ちょっ!?」
その刹那、私はドンっと研二くんから離れ、リビングへ駆け寄る。テレビを見ると、中断していたはずのシナリオが何故か自動再生になっており、続々と次のセリフが流れていく。
「わ、わわわわわ!?」
慌てて落ちていたコントローラーを広い、コマンドを押して自動送りを止めて、会話ログを開く。幸いにもそこまで進んでなかったそれをみてホッと一安心した。シナリオが好きなゲームなのにそれを逃すなんてあってはならないことだ。
「よかったあ……」
これならログを少し追えば賄える。そう思いながら後ろを振り向くと
「……あ」
ムスッとした研二くんがそこに立っていた。
し、しまった!仕方ないにしろムードを台無しにしたよ、私!?
タイミング悪くコントローラーが落ちて、打ちどころが悪く自動送りにしちゃったのが良くないだけで私に否はないってことにしてくれないかな……?
「ねぇ」
「は、はい!」
拗ねた声に思い切り敬語で返事をしてしまう。彼はずんずんと私の目の前に来ると
「俺とゲーム、どっちが大事なの!?」
なんて、テンプレートに乗ってそうな問いを投げかけてきたのだ。
「あー……」
思わず視線を彷徨わせる。多分きっと求められている答えは決まってるんだろうけれど、今の私の気持ちは偽れまい。
意を決して、彼を見て、一言、ハッキリと告げようではないか。

「今はゲームかな!」
「やっぱりそう言うと思った!!」

⸺⸺結局その後、すぐにゲームは中断し、研二くんに誘われるまま寝室に行くことになるのはお約束。

しかし、まさか翌年からゲーム週間中は研二くんが休みだろうが出勤だろうが常に我が家にいることになるとはこのときの私には思いもしなかったのである。

◆とあるゲームだけ集中してプレイする夢主
これだけはプレイさせて!ネタバレとか辛いしすぐにでもプレイしたいの!と特定のゲームに関してだけはオタクを発揮する。他のゲームに対してはボチボチなのに。
研二くんのことは大好き。その分我慢させてしまっていたことに関しては本当に申し訳ないと思ってるし、今度から些細なことでも伝えようと反省する。
翌年からゲーム週間中は常に家にいる研二くんに対し、もういっその事一緒に住みません?と思ってたりするけれど恥ずかしくて言えない。

◆限界すぎた研二くん
お酒強いのにヤケ酒して酔った。でも意識はハッキリとしているし、記憶が消えることもない。
彼女からちゃんと気持ちを聞いて、一緒にいるのは構わないと言質を取れたのが嬉しい。でもゲームを優先されたのは解せぬ。そうだと思ってはいたけれど自分でも思った以上に拗ねた。
翌年から連絡しても遅いし、既読スルーもまちまちだから、「だったら仕事以外はずっと彼女の家にいればいいんじゃね?」という思考になり、その間だけ住み着くことに。もうこのまま一緒に住みたいけれどいつ言い出そうか迷ってる。

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