「むむむ~……」
寒気が強くなってきた今日この頃。ラピスはルーファスが使っていたハンドクリームを片手に皺を寄せていた。
よくルーファスやナーディアが使っているそれは、手の乾燥を防ぐためのものだ。ローゼンベルク人形の自分は手が乾燥することがないのでつける必要はないのだけれど──。
「そ、それでもほんのちょーっとだけ……ダメ、かな……?」
二人がつけているのを見て、どんな感じなのか少し気になっていた。「見てみて~今回つけたのは匂い付きなんだよ~」なんて言って差し出されたナーディアの手からはいい匂いがしたし、匂いをつけたかったと言えば許してもらえるのかな? でも本来自分には必要のないものだし、そもそもこれはルーファスのものだし……。でもでもやっぱり気になるし!!
「こ、コソッと使っちゃえばバレないよね……?」
「何がバレないのかね?」
「ヒェ!?」
背後から声が聞こえたと同時にラピスが振り返るとそこには案の定、ルーファスが不思議そうな顔を浮かべてそこに立っていた。そんな彼の視線は彼女の手の上に注がれている。
「ええっと~……そのぉ~……」
それを誤魔化せるほどのものを持ち合わせていないラピスはなんとかしようにも視線を逸らすばかりで、何も言葉が浮かんでこない。そんなラピスを見て「ふむ……」と顎に手を当てたルーファスはやがて「ああ」と頷いた。
「なるほど。ハンドクリームを塗ろうとしていたのか、君は」
「うっ……」
図星を突かれてしまって何も言えない。先ほどまで考えていた理由の数々もどこかへと吹っ飛んでしまって。
「い、いやほら! ええ~っと……ほら! 匂い! 匂いが気になって……っ!」
なんとか思い出した匂いという部分を出してみるも。
「匂いを纏いたいのならば香水の方がおすすめだかね」
「そ、そうじゃなくって! だからそのぉ~……」
あっさり返されてしまって言葉に詰まる。
(る、ルーファスを言い負かすなんて無理~!!)
勝とうにも、元々の知識量の差がありすぎるのだ。勝ち目など初めから存在していなかった。
(こ、こうなったら……)
ここまで来たらもう素直に言ってしまおうと、ラピスが口を開けた時。
「ほら、貸してごらん」
「え」
ルーファスにハンドクリームを奪われたかと思うと、そっと手を取られる。そしてハンドクリームの蓋を開け、ラピスの手にそれを少量出した。
「ええ!? ちょっルーファス!?」
「これをつけてみたかったのだろう? いいからじっとしていたまえ」
「…………」
優しくクリームを広げ、手をマッサージするかのように塗り広げていく。
(ルーファスの手、大きくてあったかい……私の手が包まれているみたい)
それが心地よくて、温かくて、気持ちがよくて思わず目を閉じる。
その間にも彼は丁寧にていねいにラピスの手にハンドクリームをつけていき、片手が終わり、もう一方の手を優しく握って再度同じようにクリームを出す。
「ふふっ」
「? そんなに私の手にハンドクリームを塗るのが楽しいの?」
クスッという声が聞こえてきて、不思議に思ったラピスが問いかける。彼女にとっては心地のいいものだけれど、あくまでしてもらっている側の意見であって、している側にはそれがないと思ってのことだった。
「ああ、楽しいとも。だってこうやってお姫様の手を私自らがメンテナンス出来るのだから」
明るい声に誘われるように目を開くと、そこにはあまりにもご満悦と言ったばかりの表情を浮かべたルーファスが、愛おしげな瞳をラピスへと向けていた。そんな彼はラピスと視線があったのを確認すると、見せびらかすように塗り終わった彼女の手の甲へと唇を触れさせて見せる。
「~~~っ!!」
「おや、顔が赤くなったけれど、どうかしたのかね?」
「も、もう! ルーファス!!」
知っているくせにとばかりにポコポコと身体を叩こうとして、そういえば片手は未だにルーファスの元にあったのだと気づき、ムゥ~っと頬を膨らませた。
「全く、そういうところもまた愛おしいのだが」
「あっ」
その片手をグイッと引っ張られたかと思うと、肩を抱かれて、チュッと頬に彼の唇が触れて。
「る……ルーファスってば!!」
さっきよりも更に真っ赤に染まった顔で猛抗議するも、どこ吹く風といった彼はハンドクリームを机に置くと
「明日、君の分のハンドクリームを買いに行こうか」
「えっいいの!?」
ラピスからは想像も出来なかった、けれどすごく嬉しい提案をしてくれて声を上げる。
(てっきり私にはいらないものだからって断られるかと思っていたのに!)
「もちろん。そうすればこうやって私が君の手に塗ってあげることも出来るからね。君の好きなものを選びたまえ」
「本当!? 嬉しい!! ……あ、でも」
「でも?」
「私もルーファスと同じのがいい! そうすればルーファスとお揃いの匂いをつけることが出来るもの!」
「な……っ」
一瞬、ほんの一瞬ルーファスがたじろぐ。
どうしたんだろうとラピスが聞くよりも早く、深呼吸をして復帰した彼はどこか誤魔化すように口端を上げた。
「君って子は……全く。時折予想だにしないことを言ってくるな」
「えっと? その、ダメだった?」
「いや、ダメなんかじゃないさ。すごく嬉しかっただけだよ」
そしてポンっと頭を撫でると
「さて、明日はそれを買いに行くのだし、今晩はもう休もうかラピス」
ふわりと抱きかかえ、彼女をベッドへと寝かせると、彼もまた隣へと横になる。
「うん、そうしましょ……あっそうだ! ここら辺で美味しいケーキ屋さんがあるってナーディアが言ってたの! そこにも一緒に行かない?」
「ああ、それはいいな。さしずめ明日は二人でデートかな?」
「デート! いいわね! じゃあ他にも行きたい場所を考えておかなくっちゃ!
……っと、その前に明日の元気を養うために寝ないと、だよね?」
ラピスは人形の体だけれど、ルーファスは人間の体なのだ。こういう時にしっかりと休まないと明日一日デートには支障が出てしまうかもしれない。彼にとってそんなことは些細なことに過ぎたとしても、ラピスにとっては気になることだった。
何より──。
「そうだな」
ラピスの言葉に頷いたルーファスが彼女をぎゅっと抱きしめる。毎晩、寝るときの習慣になっているそれはラピスにとって特別で、そしてとても心が満たされる時間だ。
「えへへ……ルーファス、あったかぁい」
「ふふっ私も温かいよ、ラピス」
(明日はルーファスとデートだなんて、楽しみだなぁ)
高ぶる気持ちを胸に、ラピスは想像していたより早くやってきた微睡みに身を委ねるのだった──。
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