「それで、その時彼氏がムッとして『俺がいるのに……』って」
「なにそれ嫉妬してるの可愛い!私もナンパされたって言ったら『お前に触っていいのは俺だけなのに』とかなんとか言って一日中離れてくれなくて!」
「……………はぁ」
TVから聞こえてくる女子トークに思わずため息を付いてしまう。たまたま流しっぱなしだったそれは嫉妬をテーマに恋愛話をする番組だったらしい。
『でも、嫉妬してくれてるってことはそれだけ愛してくれてるってことじゃないですか〜』
「……いいなぁ」
ポツリと誰もいない独り暮らしの部屋で呟いた。
私には付き合って長い恋人がいる。なかなか忙しくて会えない彼だが、性格から容姿から何から何まで大好きな人が。
ただ、そんな彼は二人きりのときはそりゃあイチャイチャしたり、することしたり、甘やかしてくれたりするのだけれど、嫉妬らしきことをしてきたことがなかったのだ。
ここで今までの事例を何個か並べようと思う。
まず、さっきテレビで話していた『ナンパされた』時の話だ。
「今日駅でナンパされちゃって……」
「そっか。何事もなかったか?あまりにしつこかったら警察呼ぶんだぞ」
……以上。えっそれ以上何もないよ?
彼────景光はその一言を告げて会話を切り上げたのだ。
私はそんなことを景光から聞かされたら心配したあとずっと引っ付いてる自信があるんだけど……。
そして次は同窓会の話。
「この間同窓会行ってきたんだけど、そこで当時のクラスメイトから告白されちゃって。ビックリしたよ〜」
一応補足なのだが、別に嫉妬させようと思って言ったわけではなく、このときの私は世間話の感覚で話していた。
まぁでもこれは普通にムッとされるかな?景光のそんな顔が見られるのかな?と少しだけ思ったのだが……。
「ふーん」
……………以上。
もはや一単語である。単語ですらない気もするけど。表情も特に変化なし。むしろ「あっ今日晩御飯何食べる?」ってさっさと流される始末だ。
いやいや!彼女が他人に告白されたんですよ!?逆の立場だったら私はちゃんと断ったのか?と聞いたり、拗ねたり……そこら辺は平気でする自信がある。だって取られるかもしれないんだよ!?嫌じゃない!?
ちなみに「同窓会行ってきてもいい?」と聞いた際は「行きたいなら行っておいで」で終わりました。ありがたいけれど!ありがたいんだけどね!?こう女心としては複雑といいますか……。少しくらい嫌がってくれてもいいのよ?と思ったりもする。なんなら無理しているのではと思い、
「嫌だったら嫌って言ってよ?」
と言ってみたりもした。けれどその返事は
「オレはちゃんと言っているから気にしないでいいよ」
である。なお彼の口から嫌だという言葉もNO!という言葉もNGという言葉も未だかつて聞いたことはない。
「これは私、愛されてないのか……?」
だからどうしてもこういう話を聞いてしまうとそう考えてしまう。心配されてないと言えばそれまでだし、それはそれで信頼関係が構築されているから喜ぶべき事ではあるのだが、女心としては…………。
♢♢♢
「ふくっっざつだよね!!」
「えっ急にどしたの!?」
ガンっと音を立ててジョッキをテーブルに置く。ごめんジョッキさん。当たるつもりはなかったんだけどつい勢いで……。
あのテレビ番組から数日後。なんかモヤモヤする……となった私は萩原くんと共に飲み屋に来ていた。
その友人は私の飲みっぷりを見て「あーあー」と少し眉を下げた後、優しげな顔を浮かべる。
「それで。何にご乱心なのかな、お嬢さんは」
「景光が嫉妬してくれない……」
「…………え?」
途端にポカンとする萩原くん。そうだよね、何に悩んでるんだこの女はって思うよね、分かる分かる。分かるけれどどうか話を聞いておくれよ……。
そこからナンパされたときの話と、同窓会での話を淡々とビールを煽りながら語る。途中途中で「私だったら嫉妬するのにー!」とかなんとか騒いだ覚えはあるが、許してほしい。今日の私はちょっと面倒くさい友人なのだ。今度何か奢るから見逃してくれると助かる。
萩原くんはというと、「うんうん」「そっかぁ」と人当たりのいい表情で相槌を打ってくれていた。優しい。そういう所だぞ萩原研二。さすがコミュニケーション能力が高い男性は違う。
「あ〜私って愛されてないのかなぁ〜……」
一通り話し終えて呟く。ジョッキは気づいたら二杯目が空っぽになっていた。
「いやぁ、諸伏ちゃんに限ってそれはないと思うけれど……」
「でもあそこまで対応がドライだとさぁ。信用されてるのかな、心配されてないのかな。っていい風に捉えることも出来るけれど……こう、女性からしたらさ……や、面倒くさいなって自分でも思うんだけど!!」
もちろん一人の人間としてそこまで思ってくれているのは嬉しい。だってそれはちゃんと自立していると認めてもらえているということだから。
でも、心配してほしい。少しは他の男性からそういう目で見られているということを嫌がってほしいとどうしても思ってしまうのだ。自分でも如何かと感じるけれど。
「それは女心としては間違ってないから安心していいと思うよ?面倒くさいなというよりは可愛いなぁ〜って思うし」
「そう?でも景光はそう思ってくれないんじゃないかなぁ」
なんなら可愛いとか面倒とか以前に『そう言われてもなぁ』で終わりそうですらある。
「それに……」
ふと萩原くんが真剣な目をした。一瞬で空気が変わり、どしたの?と首を傾げることも出来ず黙って次の言葉を待つ。
「多分懸念するべきはそこじゃないと思うから、くれぐれも諸伏ちゃんには気をつけたほうがいいと思うよ?あと、あまり煽っちゃ駄目だからね?」
「……………ドユコト?」
気をつける?気をつけるって?今の会話のどこで景光に気をつけたほうがいいという結論に至るのだろうか?それに煽るって……結果的に煽りのような言葉を言ったかもしれないけれど全部ドライな対応で返されているよ?
すると彼はハァと溜息を吐いて「諸伏お前な……」とかなんとか呟く。そして
「ま、愛されていないなんてことは絶対にないよ。それだけはお兄さん断言できるかな」
何故か複雑な顔でそう告げられるのだった。
♢♢♢
「……あれ?」
萩原くんと解散して家に帰ると、何故か明かりが灯っていた。私、独り暮らしなのに。
「…………」
ピタリと玄関前で立ち止まる。ちょっと待って。怖い。
というのも、まず第一にこの家の鍵は誰にも渡していなかった。景光にも、自分の両親にも合鍵を渡した覚えはない。
続いて鞄を漁ってみる。するといつもの場所に自分用の鍵が入っていた。どうやら落としたわけでもなさそうだ。
だとすれば、電気を切り忘れていった可能性を考えるのだが、それはないと断言できる。なんせ朝に家を出ているし、今日は快晴。つまりそもそも今日電気をつける必要はなかったのだ。つけていなかったら切り忘れも発生しない。
と、言う事は……。
「不法、侵入……?」
どうしよう、こういう時どうすればいいんだっけ!?と、とりあえず110番通報?
あわあわとスマホを手に取ろうとしたとき
「ああ、お帰り」
「………………へ」
扉が開いて、出てきたのは愛しの彼氏様だった。
───────いやいやいや!?なんで!?
混乱したまま家に入れられ、そのままリビングへと直行する。私の家なのに、私の家じゃないような感覚がするのはなんでなんだろうか。
チラリと景光の顔を伺えば、表情は読めなかったが、目が笑っていないのだけは確かだった。
おかしいな、私何かしたっけ?
一瞬、萩原くんが景光に何かしら連絡したのかな?と思ったが、何となくそれはない気がする。今までそんなことはなかったし、そんな素振りも何もなかったのだから。そこは安心と信頼の萩原くんというわけだ。
「って、わっ!?」
ボフッとソファに押し倒される。目の前では彼氏が私の上に股がっていて、鋭い目で射抜いてきていた。
「本当、君は純粋なんだな」
「え?」
「オレが嫉妬してないなんて、そんなことあるわけ無いだろう?今日だって萩原と二人で飲みに行ってさ」
「なん、で知って……?」
まさか萩原くんが直々に連絡でもしたのだろうか?いやでも、そんなことを安心と信頼の萩原研二がするとは思えない。でもじゃあなんで?
「ああ、別に萩原からは何も聞いてないよ。オレもその会話を聞いていただけなんだ」
「……え」
ふと今日行った飲み屋を思い出す。あそこは完全個室の居酒屋で、元々防音もされていたし、今日はそこそこに賑わっていたから隣の部屋だとしても声は聞き取れなかったはず……。
じゃあ、彼は一体どうやってその会話を聞いて……?
「あーあ。怖がらせたくないから頑張って素っ気ないふりをしていたんだけどなぁ。逆効果だったのなら仕方ないよな」
素っ気ないふり……逆効果……。そしてこの会話の流れ的には。
「嫉妬、してたの?」
「当たり前だろ?むしろ君から聞くたびに腸が煮えくり返りそうだったくらいだ。
ナンパしてきた奴にも同窓会で告白してきた奴にも殺意しかなかったよ。同窓会だって本当は行かせたくなかったのにな」
「で、でも景光ドライな反応しか……!」
「こんな姿見られて君に嫌われでもしたらと思ったから必死に隠してたんだ。
でも君はオレがいるのに萩原と飲みに行くし、挙句オレに愛されていないんじゃないかなんて言うし……だったらもう隠す必要ないかなと思ってさ」
「えっと……それは、どういう……?」
怖い。背筋がゾワッとするような、そんな怖さがある。景光の言葉を理解しようと頑張ってみるけれど肝心な言葉が頭に入ってこない。ツッコミたいことも聞きたいことも沢山あるのに混乱してしまって訳が分からなくなってる。とりあえず解放してもらって、一旦お茶でも飲んで冷静になりたい。
でもそんなの許して貰えそうにない。なんなら少しでも伺いを立てたら終わりな気がする……何がとは言わないけれど。
「大丈夫」
「え」
「これからは堂々と束縛するから、愛されていないかもなんて心配する必要なくなるからな」
「そく、ばく……」
いや、そこまでして欲しいわけじゃない。私はただちょっとだけ嫉妬してくれたらって思っただけで……なんて言えたらいいのに。うっそりと目を緩めて、口端をキュッと上げている目の前の彼を見たら声も出なくなる。
「ああ、予定よりは早くなっちゃったけれど別に問題ないよな?まずはオレの家に引っ越してもらってそれから仕事もやめてもらって……そうそう外出制限もかけなくちゃな。仕事しないんだし一緒に住むんだからお前一人で出る必要もないだろ?」
「え……あ……」
ああ、もう逃げ場がない。
どうして、どうしてこうなったんだろう。私が馬鹿な考えを持ったから?ほんのちょっと嫉妬して欲しいななんて思ったのが間違いだったの?
『くれぐれも諸伏ちゃんには気をつけたほうがいいと思うよ?』
『愛されていないなんてことは絶対にないよ。それだけはお兄さん断言できるかな』
不意にさっき萩原くんに言われた言葉が蘇る。
ああ、本当にその通りだったよ萩原くん。私はちゃんと愛されていたよ。
でも警告はちょっと遅かったかなぁ……。
「これからは思う存分愛してやるからな♡」
そう言って微笑む景光は、あまりに幸せそうで、狂気的だった————。
*嫉妬して欲しかっただけの夢主
煽っていたつもりは毛頭ない。ちょっとの寂しさと不安が積もって友人に相談したらいつの間にか束縛されることになっていた。
でもなんだかんだ彼氏が好きなのでその生活に絆されることになる。
*我慢していた彼氏
あまり束縛したりすると嫌われるかもしれないと嫉妬心を隠していたポーカーフェイス。
実は盗聴盗撮アプリをこっそり仕込んでいたので彼女に報告される前からナンパされたことも同窓会で告白されたことも知っている。
恋人をナンパした奴と恋人に告白した奴はあの後謎の事故によって怪我を負っているとかなんとか。
将来的に家に閉じ込めようとしていたし計画も立てていた。ちょっと予定が早まっただけだけれど嬉しいから良し。
え、ヤンデレ?別に普通だろ?
*警告が少し遅かった共通の友人
いち早く彼の異常さに気づいた洞察力のいい友人。夢主から愚痴を聞くことで少しばかり手助けできればいいなと思っていたお巡りさんでもある。
諸伏ちゃん……頼むから犯罪だけは犯さないでよ?
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